74 二人のディナー
(ひな) だから、もう私のことは心配しなくてもいいよ。私は幸せになったから。
(ゆりえ) そう? ちゃんと話ができてよかったね。
(ひな) うん! 私が知りたかったこと……、奏多が全部話してくれたから! もういいよ。ごめんね、今までずっとお母さんに甘えて……。
(ゆりえ) 気にしないで、ひなは私の娘だからね。何かあったらまた連絡して。
(ひな) は〜い! お母さん、今日も仕事頑張ってね!
(ゆりえ) うん。そして奏多と一緒にいるのは構わないけど、まだ学生だから……言わなくても分かるよね? ほどほどにしなさい。念の為あれは引き出しの中に入れておいたから。
(ひな) わ、私はもう子供じゃないからね! ちゃんと知っている!
(ゆりえ) はいはい。じゃあ、お母さんは今から友達と食事の約束があるから。
(ひな) うん!
どうやら、奏多と仲直りしたみたいだ。
この前までずっと気になっていたことを聞けないように見えたけど、ちゃんと話ができて本当によかった。いまだに覚えているからね、あの時のひなを……。そして何もできなかったあの時の私も———。
結局、ずっと奏多に頼るだけだった。
私はひなの母親なのに、そんな私よりひなに詳しいのは奏多だったから。
またお礼を言わないといけない。
「よぉ〜、ゆりえじゃん!」
「久美子……」
「ゆりえって日増しに綺麗になるね〜。不思議……。同い年なのに」
「大袈裟よ、これも仕事だから……」
「へえ……、そうなんだ。そんなことより、ゆりえに誘われるなんて! 何かあったのかな?」
「久しぶりに……、久美子と昔の話をしようかなと思ってね。あの時のこと」
「昔の話! いいね。何があったのか大体知っているけど、詳しいことまで聞くのは失礼だと思ってね……」
「ありがとう」
久美子は私の唯一の友達だけど、私は一度も彼女に悩みを話したことがない。
同じ学校に通っていた頃からずっとそうだった。
久美子の悩みは大学生になるまでたくさん聞いてあげたけど、私は自分の悩みを言うのが恥ずかしくてずっと我慢していた。そして当時の私は……、あんなことを話しても無駄だと思っていたから———。言えなかった。
「私、高3の時……こう話したよね? 大人になったら自分の会社を作るって」
「そうだね。実際、社長になったから。すごいよ、ゆりえは……」
「そしていい人と出会って、結婚して、ひなとうみが生まれて、それで幸せになったとそう思ってたの」
「理想的な生活だよね、それ」
「でも、仕事は日々忙しくなって、子供たちと一緒にいられる時間もだんだん減っていて。そこから少しずつ問題が発生したと思う」
「それは仕方がないことだと思うけど……」
「それでも、私は家族のために頑張ってきたの。そしてあの人に……『子供たちのために仕事諦めたらどうだ?』って言われた……」
「えっ? そうだったの?」
そう、今の仕事を諦めて子供たちと一緒に過ごす時間を増やすこと。
私も知っていた。
でも、私は私の会社を、そして夢を、諦めるのができなかった……。今まで頑張ってきたから、もう少しでできると思っていた。いわゆる、時間の問題。そこからもっと成長するためには……、時間が必要だった。
でも、何かを得るためには何かを諦めないといけない。
「時間が欲しかった。だから、あの人には私がもっと頑張るから、そして二人と一緒に過ごす時間も増やすからって頼んだの」
「あの頃のゆりえはクマがすごかったよね……。覚えている」
「そう。それにひなの体が弱くてね、いつも病院に行ったり学校から電話が来たりして大変だった」
「ひなちゃん……体弱かったよね」
「でも、あいにくあの時の私には時間がなかったの。それでひなのことを奏多に任せてしまったんだ。本当に……私は母親失格だよね」
「そんなことないよ。奏多もすごく楽しんでいたからね」
「そうかな……? そして少しずつ……、あの人と口喧嘩をする日が増えたの。会社を諦めたらひなもそうならなかったはずとか、あの人も仕事で疲れたからそう言われるのも仕方がないと思っていたけど、すっごく傷ついてね。私は家族のために頑張って、ちゃんと仕事をしているのに……初めて挫折したの」
自分は何もしていないくせに……。
病院に連れて行くのも、そばで面倒を見るのも私だったのに……、どうしてそんなことを言われないといけないのか分からなかった。仕事が終わった後、すぐ家に帰ってきたのも私。子供たちの話を聞いてあげたのも私。家の家事をするのも私。寝不足で倒れそうになっても我慢していたのに———。
ずっと子供たちと一緒にいるのは無理だった。
「ゆりえ…………」
「私は……あの人と喧嘩をした後、会社のことも気にしないといけないから———」
「…………」
それが私の人生で一番つらい時期だった。ちゃんと覚えている。
そして———。
「会社の経営悪化で、ほぼ毎日あの人と口喧嘩をしたの。それは多分あの子たちが中学生になった時だと思う……。頼れる人が全然いなくてね、そしてその話を誰かに言うのも恥ずかしかったから、ずっと耐えてきたの。一人で」
「ゆりえ……、私に話したら———」
「私も、最初は久美子に頼りたかったよ……。でもね、そんな話をしても状況は変わらないから、もっと現実的な何かが必要だったの」
「それもそうだよね……」
「いつだったんだろう。ある日……ひながね。封筒の中に今まで貯めてきたお小遣いを全部入れて、私に渡したの」
「…………」
「そして大人になったら、絶対お母さんのこと幸せにしてあげるって。そう言われたの。ひなに……」
「…………あ」
持っていたフォークをテーブルに下ろした。
そして涙が膝に落ちる。
きっと全部聞いていたはず……。大声を出していたから。
「ゆりえ……! だ、大丈夫!?」
「あっ、ごめんね。ごめんね……。ちょっとあの時のことを思い出しちゃって、私らしくないね」
「ううん……。大丈夫! 今は……、今は…………有名になったから! 私も! ゆりえの化粧品を使ってるから! 大丈夫!」
「……ありがとう、久美子」
私は……、ずっと悩んでいた。
でも、夢を捨てるのができなくて……結局こんな形になってしまった。
「…………」
全部、私のせいだ……。
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