75 二人のディナー②

「いろいろ大変だったね。ゆりえ…………」

「うん。あの時の私にもしひながいなかったら……、そのまま良くない選択をしたかもしれない」

「な、何かあったの……?」

「裏切られたの。あの人に…………」

「えっ? 北川さんが? う、裏切り? どういうこと?」

「———」


 会社の経営悪化が続いて、家族にすら頼れなかったあの時、あの人が浮気をした。

 でも、私は会社の仕事で精一杯だったから……、彼に何も言えなかった。

 ほぼ毎日声を上げて彼と口喧嘩をしても……、離婚をするのはそう簡単な話じゃない。私も限界だったけど、家族のために……我慢して頑張ろうとしていた。まだひなとうみがいるから、もっとしっかりしろって自分にそう言い返していた。ずっと。


 子供たちがいるから、諦めてはいけない。

 それだけだった。


「ゆりえ……」

「浮気されたの。この目で彼の浮気現場を3回見て、知らない女からの怪しい連絡も見た。なのに、私は何も言えなかった。その問題が大きくなったら、きっと耐えられなくなるって、知っていたから———。浮気されても私はバカみたいに我慢するしかなかった」

「…………ゆりえ……」

「でも……、まさか……その状況でうみにそんなことを言われるとは思わなかった」

「うみ……に?」

「もう終わりだから、離婚した方がいいって。ひなの面倒を見るのも嫌だし、そもそもなんで自分がひなの面倒を見ないといけないの?って。お母さんが全部悪いんだから責任を取れって。そして……、そして……お母さんなんかもういらないって。お母さんがいると自分が幸せになれないって」

「…………そんな」


 自分の子供にそれを言われた時、死ぬほどつらくて……自殺しようとした。

 もし、あの時……ひなが来てくれなかったら私は本当に自殺したかもしれない。生きがいを失ってしまったから———。

 

 そしてうみが家を出た後、ひなが部屋に入ってきた。


「お、お母さん……。大丈夫?」

「…………」

「な、泣いてるの? お母さん」

「…………」

「ご……、ごめんね。ごめんね…………」

「どうしてひなが謝るの?」

「役に立たなくてごめんね……。体が弱くてごめんね……。何もできないから、私何もできないから…………。お母さんが死ぬほどつらいのに、私……何もやってあげられないから…………」

「…………」

「お母さんは……、あの二人にあんなこと言われるほど悪いことしてないのに……」


 あの小さい子供が私の前で、私じゃなくて、自分を責めていた。

 そして私の手を握ってくれた。

 すぐ壊れてしまいそうな私を———。


「うみにはずっと無視されていたかもしれない。あの人の話は全部正しかったから、私が意地を張って会社を諦めなかったのが原因だったから……。いらないって言われてもしょうがない」

「ひどいよ……。それは…………」

「ひなが中学2年生になった時だと思うけど、あの人が物を投げたり私を殴ったりしてね。もうダメだなと思って、あの人と離婚することにした。そしてずっと私のことを嫌がっていたうみは……あの人について行って、私に残ったのはひなだけだった。ごめんね。話が長くなってしまったけど……、こんな感じだった」

「…………」

「あれから……ずっと頑張ってたよ。ひなのために……ね」

「うん。過ぎた事は、今後悔しても意味がない。ゆりえは今までずっと頑張ってきたよ。私も……ずっと声をかけようとしたけど、その悲しい顔を見るとどこから何を話せばいいのか分からなくなってね。ゆりえの話通り、あの時の私とこの話をしても何も変わらなかったと思う……。だから、何も言わなかった」

「うん……。そうだね」

「大丈夫! 今はテレビに出るほど有名になったじゃん! それに私も……! 今テレビに出てる人私の親友ですって! たまにお客様に自慢してるからね! あははははっ」

「そう? 自慢できる友達になって嬉しいね」

「だから……」


 なぜ、久美子が泣いているんだろう……。

 地獄みたいな日常を過ごしていた時、何度も久美子に連絡をしようとしていた。

 友達……、久美子しかいなかったから。でも、やっぱり迷惑をかけるような気がしてすぐ諦めてしまった。そしてそれから三日後、「何かあったら、絶対私に話して! 私はいつもゆりえの味方だからね! 待ってるよ! ずっと」と、先にメッセージを送ってくれた。


 3人のおかげで……、私……ここまで来たよ。


「だから……、お帰り! ゆりえ!」

「ただいま、久美子」

「人生まだ長いんだからね! またいい人と会えるよ!」

「いいよ、もう……。今の私はひなが幸せになってほしい」

「そうだね……」


 本当に長かった気がする。

 そして今度はひなが幸せになる時だよ。

 お母さんはね、何があってもひなが幸せになるのを願っている。私の全部だよ。ひなは———。


「ところで、久美子はどう思ってる?」

「何を?」

「二人のことよ」

「へえ……、私は二人のことあまり気にしてないからね。二人の未来は二人で決めればいい。それが青春!」

「やっぱり、久美子が私の友達でよかった」

「私も! ゆりえのおかげで良い大学に行ったからね! ゆりえ頭めっちゃよかったから。あはははっ」

「そう? それは久美子が頑張っただけ、私のおかげじゃないよ?」

「ふふっ、ゆりえのおかげだよ〜」

「そういえば……、この前に二人と会った時、ちょっと距離感がやばそうに見えたけど……、大丈夫かな? 幼い頃からずっとあんな風にくっついていたし……。でも、今は高3だから」

「どうかな……、高3だから多分知ってると思うけど、ある程度はね」

「念の為、50個入りのコンドームを買っておいた」

「ゆ、ゆりえ…………。いくらなんでもそれは多過ぎじゃないの?」

「そうかな?」

「うん……。でも、楽しみだね。二人の未来が」

「そうだね」


 今はこうやって、仕事をして、友達と食事をする私の人生に感謝している。

 そしてひなが幸せになれば私もそれでいいから———。


「あっ、久しぶりにカラオケ行かない?」

「ええ……。カラオケ……?」

「いいじゃん。行こう!」

「はいはい」

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