8 別れを告げる②

 一応……、飲み物は注文したけど、どこから話せばいいのかずっと悩んでいた。

 うみと別れるのはそんなに難しくない。この場で「別れよう」って、それを言うだけで俺たちの関係は終わる。なのに、今まであったことが俺と過ごしてきた時間が俺を束縛していた。うみはひなと同じく俺と十年以上を一緒に過ごしてきた人だから、その言葉がすぐ出てこなかった。


 むしろ、うみに裏切られた俺がどうすればうみが傷つかないのか、それを心配している。俺たちは幼馴染だから……、別れる時はうみを傷つけたくなかった。綺麗に別れたかった。


 そして、あの時みたいにいい友達でいたい。

 そうなることを願っていた。


「それで? 大事な話って何?」


 オレンジジュースを飲みながら先に声をかけるうみ、俺には悩む時間も他の選択肢も何も残っていなかった。

 そして、相手を傷つけない別れ方など存在しない。

 結局……、誰かは傷つかないといけない状況だ。


 ならば———。


「うみ、別れよう」

「えっ? いきなり? どうしたの?」

「…………」

「理由は……?」


 ここでうみの浮気を話したら、きっと口喧嘩が始まるから他の理由を探していた。

 とはいえ、まさか……その理由を聞くなんて。俺が別れようって言ったらすぐ別れてくれると思った。どうせ、うみに……俺はただの邪魔者だからさ。今更、理由を聞くこの状況が俺にはすごく不思議だった。


 俺よりもっとカッコいい男と一緒にホテルに行っただろ?

 お金持ちで、イケメンで、面白い男……そんな男が好きだろ? 知っているから。

 もういい。今更、そんなことを考えても無駄だ。


「なんで、付き合ってるのか分からないからさ。俺たち……一年間付き合ってきたけど、何もしてないだろ? 手を繋ぐこと以外……、何も。別に……、うみとそんなことがしたいってわけじゃない。こういう関係なら友達でもいいんじゃないかなとそう思っただけだよ」

「意外だね、好きな人でもできたの? 奏多くん。」

「いや、うみはしょっちゅう俺のスマホを見てたから分かるだろ? 俺……、うみと如月以外の女の子とは連絡しないし、そもそも連絡先も持っていない。そんな俺に好きな人などできるわけないだろ?」

「理解できないね。二日前まで私と一緒にイブ過ごしたいって言ってた奏多くんがいきなり別れようって言うなんて」

「そうか? でも、友達でいいと思う。俺たちは……」

しないの? 私と別れて」

「うん」

「もう一度聞くけど、本当に?」

「うん」

「分かった。別れよう、奏多くん。今までありがとう」

「うん……」


 そう言った後、うみはカフェを出た。

 そして、何も残ってない俺はその場で自分の人生を振り返る。自分から言っておいて、今更……涙を流すなんて、情けないな。でも、早く別れた方がうみにも俺にもいいことだと思う。


 ファミレスで言ったこと、俺は覚えているから。

 ごく普通の高校生である俺が……、裕福な家庭に生まれた人を乗り越えるなんて、できるわけないだろ。いくら頑張っても限界があるから、もっといい人と浮気したいならそうさせた方がいいと思っていた。


 馬鹿馬鹿しいけど、俺には勝てない相手だからさ。

 てか、本当に一人になってしまった……。


「…………」


 うみと別れた時点で、うみの友達である如月に連絡をするのはできない……。言わなくてもすでに知っているはずだから、迷惑をかけたくなかった。つまり……友達のない俺は今の気持ちを誰にも言えないってこと。

 知っていたけど、悲しいな。


 そういえば、ずっとうみだけだった。俺の人生……。


 いや、しっかりしろ! 宮内奏多。

 なんで、落ち込んでるんだ。彼女と別れただけだろ!


「…………」


 そろそろ、帰ろうか……。

 また……歩きたい気分だ。電車に乗ったら……、すぐ泣き出しそうな気がして無理だった。


 ……


「ひな……」


 家に帰ってきたら、ひなが作ったお弁当がテーブルにおいていた。

 そして、その上に置いているひなのメモ。そこには『ご飯ちゃんと食べてね!』って、そう書かれていた。そのまま帰ってもいいのに……、どうして俺のためにお弁当とか作ったんだよ……。

 このバカ……。


「…………」


 冬休みはそんなに長くないから、また会えるかもしれない。

 その時のために、俺はしっかりしないといけない。俺たちは友達だから、友達としてできることをしよう。


 自分にそう言いながら、ひなが作ってくれたお弁当を食べた。

 外にはずっと大雪が降っていて……、俺はその景色を眺めながら布団の中に入る。

 そういえば、冬休みの予定なかったよな……。昨年は……うみとデートをしていろいろやってたと思うけど、今年はずっと一人だ。てか、外より家の方がもっと寒く感じられるのは気のせいだろう。


 友達がないから連絡する人もいないし、ひなには「連絡してね!」って言われたけど、そう簡単に連絡するのはできない。

 俺は……昔ひなに嫌われたっていうか、一応……ひなに振られたからさ。

 また、あの時みたいにさりげなくひなに頼るのはできない。昨日のことは仕方がないことだった。まさか、連絡もせずうちに来るとは思わなかったからさ……。お母さんも先に連絡してくれたらいいのにな。


「いい、寝よう。どうせ、やることもないし…………」


(如月)おーい、生きてますか〜。宮内くん〜。

(ひな)どうだった? 奏多。

(ひな)出る前に、お弁当作っておいたからちゃんと食べてね。


 そして、ちょうど寝ようとしたタイミングに二人からラ〇ンが来た。

 普通ならすぐあの二人に返事をしたはずだけど、俺が取った行動はスマホの電源を切ること。二人には悪いけど、今は……誰とも連絡をしたくなかった。このまま冬休みが終わるまで布団の中でじっとしたい気分だった。


「…………」


 布団の中はすごく温かいのに、体がすごく冷えていて寒い……。

 いや、それは心も同じか。


 ……


「あ、うん。今日、彼氏に振られたよ……………」

「…………」

「だから、今日は一緒にいて」

「…………」

「うん」


 奏多と別れた後、駅の前で誰かと電話をするうみ。

 彼女は笑みを浮かべていた。

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