9 引きこもり

 それから七日間……、俺は家を出なかった。

 うみとは別れたし、友達もいないし、バイト以外家を出る必要もないからそのままずっと部屋に引きこもっていた。そして、バイトが終わった後はすぐスマホの電源を切る。誰とも連絡をしない、そんな生活を続けていた。


 ずっと……、うみだけを見てきた俺の人生……。その最後はとても悲惨だった。

 やっぱり、あの時も今も……やり方が間違っていたかもしれない。俺は……恋に落ちるとずっとあの人だけを見るから。他の何よりも……あの人のことを大切にしたくて、ずっとずっとあの人のために頑張っていた。


 それも終わりかぁ……。


 そして、二日前まで降らなかったのに……、また雪が降っている。今年の冬はマジで嫌い。それに……、このタイミングで腹が減った俺も嫌いだ。冷蔵庫の中に卵があれば適当に食べれるのに、中は新品のように綺麗だった。真っ白……、掃除をしなくてもこんなに綺麗になるんだ。


「バカみたい……」


 買い物しに行こう……。


「…………」


 ジャージーに着替えて、帽子を被る。

 スマホは……持っていかなくても大丈夫だよな。どうせ……、俺に連絡する人もないし、連絡が来ても大事な話はしないからさ。あってもなくても同じなら、荷物を減らしたい。


 そして、ドアを開けると……凄まじい風が吹いてくる。

 ちょっと肌が痛いんだけど……?

 そんなことより……、なんで家の前に雪だるまがあるんだろう。


「誰がこんなところに雪だるま———、うん? ビニル袋……? しかも、何か入ってる」

「クショッ!」


 くしゃみ……? 今のはくしゃみの音なのか。

 もしかして、目の前にいるのは雪だるまじゃなくて、人なのか……?

 えっ、怖いんだけど……。


「あ、あの……。こんなところで何をしてるんですか? 風邪ひきますよ……?」

「はあ…………。かな……たぁ?」

「この声は……? もしかして、ひな? ひななのか!? こんなところで何してるんだよ! ひな……」


 膝を抱えたままここでじっとしていたのか? なぜ……?

 それに、今日は朝から急に大雪が降り始めて、外にいたら絶対風邪にひく天気だけど……。何しにここに来たんだろう。顔も耳も真っ赤になって……、白い息を吐いている。そして、真っ赤になった両手はビニル袋を掴んでいた。


 今はご飯より……、まずはひなのことをどうにかしないと。

 てか、どうしてあんなところでじっとしていたんだろう。


「ひな……、入ろう。風邪ひくよ?」

「…………うん」

「なんで、そんなところに座ってたんだ? 風邪ひくよ?」

「だって、奏多……。ラ〇ンをしても、電話をしても、反応がないから…………」

「あっ……。う、上着壁にかけるから……」

「うん」


 確かにそうだな。その話に反論できなくて、すぐココアを作った。

 だとしても、そんなところで俺が出るのを待つ必要あるのか……? 普通ならノックをしたり、ベルを押したりするだろ? くしゃみをするひなを見て、なぜか罪悪感を感じる俺だった。


「はい。ココア」

「あ、ありがと……」

「で、大丈夫……? 体の調子は? 頭が重いとか……、熱とか…………」

「わかんない……。体が冷えてて」

「待って…………」


 一応……、待ってって言っておいたけど、うちに体温計なかったよな。

 今更、それを思い出しても無駄だ…………。バカだな、俺。


「あ、あのさ……。ひな」

「うん?」

「ちょっとだけ、目を閉じてくれない?」

「うん」


 そっとひなのおでこに手を当ててみたけど、熱はなさそうだ。

 まあ、不幸中の幸いってことか。この天気で風邪ひいたら……、マジ大変なことになる。


「熱はなさそうだけど、無理しないで……。一人暮らしをする時に健康は大事だぞ? ひな」

「うん」

「よかった。まずは体を温めておいて」

「奏多……」

「うん? どうした?」

「私、寒い……」

「あ、暖房なら……。ちょっとまっ———」


 なぜか、ジャージーを掴むひなだった。


「寒い……。奏多……」

「…………」


 あれか、ぎゅっとしてほしいってことか。ひな…………。

 それは……、それは……もう卒業しただろ?


「分かったよ……」

「…………」


 その時、お腹から恥ずかしい音が出てしまった。

 ずっと我慢していたのに、なぜ……今なんだろう。空気読めぇ……。


「奏多……。まさか、まだご飯食べてないの?」

「うん。ちょうど買い物しようとしたら、ひなが雪だるまになっていたからさ……」

「食材、たくさん買ってきたけど……。何か作ってあげようか?」

「えっ? いいよ、買い物しに行くから。ひなはゆっくり休んでくれ」

「じゃあ、これ全部捨てて」

「えっ?」

「いらない物を買ってきちゃったから、全部捨てて……」


 悲しそうな顔をしてじっと俺を見ているひなに、俺は何も言えなかった。

 食材なら俺が買ってきてもいいのに……、わざわざここまで来てくれるなんて。

 それに……こうなった原因はどう見ても俺みたいだから、今はひなに合わせてあげないといけないよな。


「分かった。ごめん……。じゃあ、体を温めた後、一緒に何か作ろうか? ひな」

「うん……」

「それと……、ひな。次、うちに来たら……ノックして。ベルを押してもいいし」

「うん。でも、私……奏多に避けられてるような気がして、そうできなかった。うみとどうなったのか聞きたくてずっと連絡をしたのに、返事がなかったからね……。私もしかして、奏多に嫌われてるのかな?」

「…………」


 ノックをしなかった理由がそれだったのか……?

 なぜ、そう思ってるのか分からなかった。そして、うみとあったことはひなと関係ないことだから……、それを教えてあげる必要はないと思っていた。少なくとも俺はそう思っていた。


「そんなことないよ……。ちょっと一人の時間が欲しかっただけ。それだけだよ?」

「そう……? 私、心配しなくてもいいの? 奏多のこと」

「うん。なんか、心配かけちゃってごめん。ひな」

「ううん……。何もなかったら……、それでいいよ。ずっと心配していたから……」

「うん……」


 そのまま……ベッドでじっとする二人だった。

 そんなことより、ひなの体……めっちゃ冷たい。

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