46 バレンタインデー③

「奏多くん?」

「はあ…………。そんなにチョコレートが欲しいなら、お前の大好きなに頼んでみたら?」

「どういう話?」

「たくさんいるだろ? 斉藤一馬以外にも…………、お金持ちの友達が」

「…………」


 なぜ、このタイミングで俺にそんなことを言うのか分からなかった。

 しかも、あのプライドの高いうみが俺に「付き合ってくれない?」だなんて。きっと自分のためだろうな。学校にいる時、ほとんどの時間をあの斉藤と過ごしていたからさ。斉藤がいなくなった今は何もできないってことか。そして、クラスメイトたちも少しずつうみと距離を取っているみたいだから、選択肢がないよな。


 どうした? 急に寂しくなったのか? うみ。


「…………」


 ひなの話通り、うみは無視した方がいいと思う。

 この人と関わったらまた変なことが起こるかもしれないし、そうなるとひなにも迷惑をかけてしまうからさ。


「言い方、ひどいね。奏多くんは私のこと好きじゃなかったの?」

「…………」

「私は待っているから、みたいに奏多くんを待っているからね」

「何を企んでいるのか分からないけど、俺はもううみのこと忘れたから。好きだったのは事実だ。あの時は好きだった…………。でも、今はお前と過ごしたすべての記憶を消したいほど嫌い。それだけだ」

「…………ひながいるから? ねえ、どうしてひなにそんなに執着するの? 覚えてないの? 誰に振られたのか。覚えて……ないの? 奏多くん」

「知らない。そんなのどうでもいい、離せ」

「…………あり得ない。私、奏多くんのこと好きだよ? 今……、好きって言ってるよ? なのに、そんな私を無視してひなのところに行くの?」

「そう」

「…………はいはい。その気持ち悪い恋人ごっこ、応援するから。頑張ってみて」

「…………」


 もう……、気にしない。

 それは過去のことだ。今更、そんなことを思い出して自分を苦しめる必要はない。

 ここにはひながいて、三木さんにも「幸せにしてくれない」って言われたから。もう、あの時のことは気にしない。そうしないと、俺は前に進めないから———。


 俺は、ひなと最高の一年を過ごす。

 それだけだ。


「か〜なた!」

「うわっ! び、びっくりしたぁ。ど、どうした? ひな。クラスの女子たちと話しているんじゃなかったのか?」

「奏多がすぐ戻ってこないから〜。何してたの?」

「別に……何もしてないけど」

「そう? そろそろ、体育だから着替えよう! ねえねえ、バレーボールしよう! バレーボール!」

「分かった。行こう行こう〜」


 急いで教室に戻ってきた俺は、ショッピングバッグの中から小さいチョコを一つ取り出した。一つ一つ……全部愛情を込めて作った気がして、恥ずかしい。でも、こういうの初めてだから、すごく嬉しかった。


 それに全部美味しそうで、たまらない。


「今食べるの?」

「体育の前に糖質補給をしておかないと〜」

「うん! そうだね」

「着替えてくるから、ここで待ってて」

「は〜い!」


 さりげなくひなの頭を撫でてあげた。

 いい、今がいい。


 ……


 そして、体育館。


「どー! 私サーブ上手いでしょ!」

「いや、ただ……ボールを打っただけだろ! ひなぁ……」

「私の才能に驚かないで! もう一回! いっくよ!」


 やっとサーブができるようになって、次はレシーブの練習だけど……。ふーん。

 ひな、できるかな……?

 なんか、急にいたずらがしたくなった。そのまま飛んでくるボールを見て声を上げる。


「ひな! レシーブ!」

「えっ!? えっ!? えええ!? ど、どうやって!? えっ!? ちょっと!」


 すごく慌てているひな。そして、ポン! と、めっちゃ綺麗な音がした。

 いや、スパイクを打ったわけでもないのに……なんで取れないんだよぉ。

 てか、相変わらずすごい運動神経だな。可愛い……。


「ううぅ……。いきなり、レシーブは無理だよぉ〜」

「あはははっ」

「もう〜! 奏多、意地悪い!!!」

「ごめん、ごめん……。レシーブくらいできると思った」

「こうやって! すっと! みたいな感じで教えてくれたくせに、何ができると思っただよ!」

「確かに……、こうやって! すっと!」

「ほら! 説明がめちゃくちゃでしょ!」

「ううん……」


 その時、向こうからボールが転がってきて、さりげなくそれを拾ってあげた。


「はい、これ」

「あ、ありがとう。宮内くん」

「練習、頑張って〜」

「…………」


 でも、なぜかじっと俺の方を見つめる如月。

 どうしたんだろう、俺に言いたいことでもあるのかな? 如月はボールを持ったまま、その場でじっとしていた。


「あ、あの……! 宮内くん!」

「うん?」

「私も……、一緒に練習していい?」

「えっ? 如月、友達と練習をしてたんじゃ……?」

「ううん……。一人でやってたよ?」


 何かあったのか? 斉藤がいなくなってから、ずっと一緒だった気がするけど。

 ちらっとうみの方を見た時……、彼女は体育館の隅っこでこっそりスマホをいじっていた。


「ねえ、冬子も一緒にやる〜? えへへっ」

「い、いいの?」

「当たり前でしょ!? 私にレシーブ教えてぇ! 奏多は教えるの下手だから〜」

「なんだよぉ〜」

「あの……、み、三木」

「ひなでいいよ!」

「ひなちゃん……」

「うん!」

「私も……レシーブ上手くできないんだけどぉ…………」

「えっ」


 おい、マジかよ。二人とも。

 

「また、奏多の……。あの……こうやって、すっとをやらないといけないの?!」

「いや、普通にこっやって……!」

「すっと……!」

「そう! それだよ!」

「…………」

「えーん、奏多のバカ! 冬子、一緒にレシーブの練習をしよ……」

「う、うん!」

「ええ……ひどいな。ひな」

「ふん!」


 ここは女子同士で練習した方がいいと思って、俺はじっと練習をしている二人を見つめていた。


「いっくよ! 冬子!」

「う、うん……!」


 そして、気のせいかもしれないけど……。如月……、少し明るくなったような気がする。今日、廊下で会った時……、なんか寂しそうに見えたからさ。でも、今はひなと仲良く練習をしているからそれでいっか。

 さっきと全然違う顔をしている。如月。


 てか、意外と上手くやってて俺の出番はなさそうだ。


「よっし! できた! まだまだだけど……」

「ひなちゃん、早いね」

「冬子もちゃんとできてるよ? さっきのは惜しかったけど!」

「そ、そうかな?」

「そう、いっくよ〜!」

「うん!」

「あっ!」


 きっと、これが普通の学校生活だよ———っ。


「…………」


 なぜか、ひなのボールが俺の方に飛んできた。しかも、顔でレシーブをした。


「ぷっ」

「ひなぁ!!!」

「ええ〜? どうしたの〜? ひなは知らな〜い」

「…………まったく」

「えへへっ、ごめんね。痛いの痛いの飛んでけ〜!」

「頭撫でながらそんなこと言うなぁ……! そして、俺は子供じゃねぇぞぉ!!!」

「えへへっ、奏多の顔が真っ赤!」

「誰のせいだと思う……?」

「知らな〜い」

「…………」


 仲良く話している二人を見て、くすくすと笑う冬子。

 そして、体育館の隅っこでじっと3人の方を見つめているうみだった。


「飛んでけ!」

「やめろぉ……。恥ずかしいからぁ……」

「あはははっ」


 まったく、またひなにからかわれている。


「飛んでけぇ!」

「やめてぇ……」

「ふふっ」

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