47 気に入らない

 斉藤一馬がずっとひなを見ていたのは私も知っていた。

 むしろ、それを知らない方がおかしいと思う。私と話している時も、私と歩いている時も、ずっとひなの方を見ていたから。そして、私は斉藤がどんな人なのか誰よりもよく知っていたから、そんな彼に最初からどんな期待もしなかった。


 ただの財布———。

 でも、顔だけはいいから、一緒にいると人々の視線が私たちに集まる。

 その優越感が好きだったのに、まさか逮捕されるなんて……。愚かな人。


 ……


「あのさ、うみちゃん……」

「うん? どうしたの? 一馬くん」


 私は絶対他人の物にならない。いや、なりたくない。

 私はいつもあなたたちより上、そうじゃないと楽しくないから。いくらカッコいい斉藤だとしても、私のことを独り占めするのはできない。私はみんなが私のことを好きになってくれるのが好きだった。


 私のために、なんでもしてくれるからね。


 そして、斉藤が欲しがっていたのがなんなのか、私は知っていた。

 それは自分のためになんでもしてくれる可愛い女の子。そう、奏多くんのためになんでもするひなを見て、我慢できなかったよね? 私としょっちゅうあんなことをしても足りなかったよね? 空っぽの心を満たしてくれる何かが必要だったよね? 私も分かる。


 いつも新しい刺激を求めているクズだったからね。


「うみちゃんは……、俺のこと好きだよな?」

「うん。好きだよ? 一馬くん」

「…………」

「ねえ、キスして。一馬くん」


 だから、あげない。

 絶対あげない。

 もっと足掻いてみて、私のために……。もっともっとね。


「ねえ、一馬くん」

「うん?」


 そして、私は躊躇なく斉藤に聞いた。


「最近、気になる女の子でもいるの? 一馬くん」

「……いや、別に? どうしたの? いきなり」

「私のことが気に入らないなら、他の女の子とやってもいいよ? 私そんなこと気にしないし、私たち……付き合ってないでしょ?」

「…………うみちゃん。どうして、そんなことを?」

「あはははっ、私は一馬くんのことを応援しているからね? 私だけじゃ足りないんでしょ? とにかく、気になる女の子がいるなら声かけてみたら?」

「…………」


 どうせ、斉藤も知っていると思う。私のことを独り占めできないってことくらい。

 そして、体だけの関係ってことも———。


「いいのか?」


 面白そうだね、何が起こるかな?

 ずっと我慢しているように見えたから、私の方から斉藤を刺激した。

 私が黙っていれば、なんでもできるよね? ずっとひなを見ていた斉藤はどんな選択をするのかな? それが気になって居ても立っても居られない。そして、冬子ちゃんにやったことを私は知っているから……、今度はどんな風に近づくのか期待をしていた。


 その結果。ひなは斉藤に殴られた、あの空き教室でね。

 どうやら、ひなのことすごく好きだったみたいだね。あの人、普段はどんな女の子でもすぐ落とせるって顔をしていたけど、ひなはずっと奏多くんを見ていたから見事に失敗した。そして、それに我慢できなくなった斉藤は抗えるひなを殴って、その場でやろうとした———。


 脳みそが欲に支配された人はやっぱり醜いね。

 でも、すっきりした。私の代わりにひなを殴ってくれたから、私はあの顔を見るだけで吐き気がする。


 でもね、どうせ殴るつもりだったら最後までめちゃくちゃにすれば良かったのに。

 可愛い女の子とやるの好きだったでしょ? なのに、そこで手を抜くなんて。つまらない。


 そして、斉藤が逮捕される前、私にラ〇ンを送ったけど。私は無視した。

 犯罪者のくせに「俺のこと、待ってくれない」とか「俺の好きな人はやっぱりうみちゃんだよ」とか、そんなくだらないことばかり送ってね……。あんなクズはもういらない。私は、斉藤が逮捕される瞬間を私の目で見ていた。


「ぷっ」


 そして、家に帰ろうとした時、久しぶりにお母さんと出会った。

 でも、お母さんは私の方を見てくれなかった。いや、最初から……私に気づいていないように見えた。

 まるで、赤の他人のようだ———。


 ずっとそうだったよね。

 お母さんは私のことを見てくれなかった。

 ずっと———。


 ……


 どうせ、あのクズはいつかそうなる運命だったから、あまり気にしていなかったけど。クラスの人たちはなぜか私のことを責めていた。私が斉藤としょっちゅうくっついていたからかな? さりげなく変な噂を流して……、それを本当だと信じているバカたち。私はいつもみんなの前で笑っていたけど、それだけは我慢できなかった。


 私が斉藤と付き合うわけないでしょ?

 私が斉藤の物になってるわけないでしょ?

 何を言ってるの? 気持ち悪い。


 でも、それよりもっと気持ち悪いのは冬子ちゃんがあの二人と仲良くなろうとしていることだった。

 私がここにいるのに、あの二人に声をかけるなんて。

 私のこと見えないの? うん? 冬子ちゃん。


 気に入らない———。


「ちょっと、話したいことがあるけど。いいかな? 冬子ちゃん」

「う、うん……」


 どうして、冬子ちゃんはあの二人と仲良くなろうとしているのかな?

 同じクズのくせに、今更楽しい学校生活を過ごしたいってわけ?

 私から奏多くんを奪おうとしたクズ女が、今更仲良くなろうとしているなんて。あり得ない。


 そして、冬子ちゃんはバカだから、私がいないと何もできないんでしょ?

 だから、ずっと私のそばにいて。

 あるいは———。


「う、うみちゃん……」

「冬子ちゃん〜」

「ど、どうしたの? いきなり、話したいことって……」

「ちょっと頼みたいことがあるからね〜」


 どうして、私の前でそんな顔をするのか分からなかった。その、すぐ泣き出しそうな顔はなんなの?

 今日は……、本当に気持ち悪いことばかりだね。

 何もかも———。

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