45 バレンタインデー②

 チョコ作るのそんなに難しくないって、菊池にそう言われたけどぉ……。

 めちゃくちゃになったキッチンを見て、ため息しか出ない俺だった。

 なぜ上手くできないのか、菊池にもらった本を見てもう一度ため息をつく。そんなことより、バレンタインデーは明日なのに、全然準備ができていない。ひなを喜ばせるためには夜更かしして作るしかないよな。


 そして———地獄を見た。


「片付けは明日にしよう……」


 ……


「あっ」


 結局、寝坊してしまってキッチンを片付けるのはできなかった。

 やっぱり、夜更かしはやばすぎ…………。それに眠い…………。


「奏多———!!!!!」


 そして、朝からめっちゃ明るい声で俺の名前を呼ぶひな。


「はい!!! これ!!!」

「なんだよ、ひな。朝かぁ……ら……」


 初めてそれを見た時は学校の全員にチョコを配るつもりかと、そう思った。

 確かに今日はバレンタインデーだけど、いくらなんでもその量はちょっと……。でも、誰にあげるのか少し気になる。ひなが机に置いたショッピングバッグの中にはたくさんのチョコレートが入っていたからさ。


 それに、全部手作りチョコ……。やっぱり、ひなはすごいな。

 めっちゃ美味しそうで、俺も一個欲しかった。


「ひな……?」

「うん?」

「もしかして、クラスメイトたちにチョコを配るつもり……かな?」

「えっ? 何言ってんの? これ、全部奏多のチョコだよ?」

「えっ? 俺の?」

「そう! 奏多の!」


 口には出せなかったけど、「好き」と……そう言いたかった。

 てか、これ全部俺のチョコなのか? そんなことがあってもいいのか? ひなは俺のために———。待って、ひなは俺のためにこんなにたくさん作ってきたのか……? チョコを……。嬉しい感情がいつの間にか不安に変わる。


 もちろん、俺もチョコを持ってきたけど、全部失敗して一個しか持っていない。

 どうしよう……。ひなは俺のためにこんなにたくさん持ってきたのに、俺は「ひなのため」って言っておいて一個しか用意していない。まずい。ニコニコしているひなを見て、どうすればいいのか分からなかった。


 すごく嬉しいけど、俺は…………。

 てか、今更そんなことを考えても無駄だよな。本当に……、ひなは全然変わってない。


「へへっ」

「あ、ありがとう……。ひな」

「ぜーんぶ食べてくれるよね?」

「う、うん……。あのさ、ひな……」

「うん?」

「俺も……、チョコ…………作ったけど」

「えっ!? 本当に!? 私のチョコ!?」

「うん。でも、初めて作ったチョコだからさ……」

「欲しい!」

「う、うん……」

「ありがと!!! 私! これ絶対食べないからね! 死ぬ時まで食べない!!!」

「いや、一応……食べ物だから早く食べて…………」

「じゃあ、家に帰ってゆっくり食べよう〜。えへへっ、本当にありがと〜。まさか、奏多が私のためにチョコを作るなんて! 嬉しい!!!」


 そう言いながら、俺の肩を叩くひなだった。

 すごく気持ちよさそうな顔をしてさ———。一応、成功って言っておくか。


「なんだよ! 二人ともぉ———!!! ラブラブじゃん!」

「えっ!?」


 すると、クラスの女子たちがひなに寄ってくる。

 どうやら、ずっと我慢していたみたいだ。

 そういえば、俺たち……堂々とクラスの中でチョコを渡したよな。教室にたくさんのクラスメイトたちがいるのをうっかりしていた。多分……、あのすごい量のチョコを見た時から周りの人たちを気にしなかったような気がする。


 そして、よく分からないけど、他の人にはチョコをあげないで欲しいとそう思っていた。なんだろうな。俺にそんなことを言う資格ないのに……、なぜかそう思ってしまう。


 馬鹿馬鹿しい。


「しかも、宮内くんにチョコをもらうなんて。いいね〜! ひなちゃん」

「ひなちゃん〜。良かったね〜」

「な、何を……!」

「それより、ひなちゃん。チョコたくさん作ったね」

「……っ! 私は……」

「あはははっ、照れてる〜。可愛い!」

「昨日、私たちに相談したじゃん〜。どんなチョコがいいのかな〜って、結局全部作ることにしたんだ〜。可愛いね」

「ちょ、ちょっと……! そ、そんなこと話してないし! 私、話してない!」

「えへへっ、照れてるひなちゃん可愛いね〜」


 いや、今のは聞かなかったことにしよう。俺も恥ずかしくなるからさ……。

 そして、ひながクラスの女子たちと話している間……、俺はこっそり教室から出てきた。


「あっ……」

「あっ、如月。おはよう」

「お、おはよう……」

 

 てか、如月に挨拶をするのは久しぶりだな。

 そんなことより、俺を見ているその顔が少し寂しそうに見えたけど……、気のせいかな? よく分からない。


「…………」


 そのまま廊下を歩いていたら、ひなからラ〇ンが来る。


(ひな) どこ行ったの? 助けてぇ、奏多! みんなにからかわれてるよ!

(奏多) ひな、ごめん。そこは……任せた!

(ひな) えっ!? 私のこと捨てるの!? ひどい!!!

(奏多) 俺は……、ひなのことを絶対忘れないからな! また会おう! ひな。教室で!

(ひな) ……。


 なんのやりとりをしているんだろう、俺たち。

 でも、こんなアホみたいなやりとりも……青春の一つだよな。ひな以外の人とこんな風に話すのはできないからさ。


「ふふっ」


 思わず、笑いが出てしまった。


「あら、楽しそうに見えるね。奏多くん」

「…………」


 すると、なぜか俺の前に立っているうみ。全然気づいていなかった。

 いつ……俺の前に来たんだろう。


「なんの用だ? うみ」

「私には何もくれないの? 今日、バレンタインデーだよ?」

「ん? 俺が? どうして?」

「へえ、ひなとはいつもイチャイチャしてるのに、私のことは無視? もしかして、私が元カノだから? でも、私を振ったのは奏多くんでしょ?」

「何が言いたいんだ? 俺がひなと何をしても、うみとは関係ねぇだろ?」

「ねえ、奏多くん。私、奏多くんのこと……好きだから。付き合ってくれない? 奏多くんも私のこと好きでしょ?」


 俺の袖を掴むうみが、いきなりとんでもないことを言い出した。

 付き合ってくれない……って。

 なんだ、その話。


「…………」

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