44 バレンタインデー

 そういえば……、俺……小学生の時からずっとひなにチョコをもらってたよな。

 そして、中学生の時はひなに手作りチョコをもらったし、思い返せばずっとひなにいろいろもらってた気がする。そんなのいちいち気にしなくてもいいって言ってあげても、ひながそうしたいって言うから断るのができなかった。


 すごく嬉しかったけど、俺はそんなの苦手だからさ……。

 いつもお母さんに相談してたと思う。お礼……、しないといけないから。


「バレンタインデーかぁ……」

「どうしましたか? 奏多先輩!」

「うわっ、菊池。いつ戻ってきたんだ……!? び、びっくりしたぁ……」

「ふーん、ひな先輩のことを考えてたんですよね?」

「してない……」

「うふふっ。顔に出てますよ〜? わかりやすーい!」

「…………う、うるせぇなぁ……」

「ところで、奏多先輩はどうします? ふふっ」


 ニヤニヤしている菊池がキッチンに入ってくる。

 そして、じっと俺の方を見つめていた。


「なんで、こっち見てんだよ……。菊池」

「奏多先輩もチョコ作ってみたらどうですか? ひな先輩絶対喜ぶと思いますけど」

「俺が……チョコを? ううん……。それも悪くないね。作ったことないから、上手くできるかどうか分からないけど」

「チョコ作るのそんなに難しくないから。本、貸してあげます」

「そうか?」

「はい!」


 そう言いながら、チョコの本を俺に渡す菊池。


「あのさ、どうして俺にそんなことを言うのか聞いてみてもいい?」

「はい?」

「シフトを変わってくれたり、チョコの本を渡したり、なんか菊池に気遣われてるような気がしてさ」

「私は……、ひな先輩が幸せになるのを誰よりも望んでいます」

「ひなの幸せ……か」

「先輩! 洗い物は終わりましたか?」

「うん。そうだけど?」

「まだ時間あるし、ちょっとだけ私と話をしませんか? アイス食べます?」

「ありがと」


 バイトが終わる20分前。特にやることもないし、アイスを持ってくる菊池と客席に座った。

 そして、ひなからラ〇ンがくる。


(ひな) 奏多、バイトしてる?

(奏多) うん。どうした? ひな。

(ひな) 今日うちくる?

(奏多) 断る……。この前のこと、覚えてないのか!? 三木さんの前で、俺……ひなとぉ……。

(ひな) ええ……。奏多、変なことしてないでしょ? それに、お母さんも怒ってないし、気にしすぎ〜。


「ひな先輩ですか?」

「そう」


(奏多) とにかく、今日はダメ。それに、そろそろテストだから勉強しろ!

(ひな) ひん……。奏多はバカ。

(奏多) また行くから、今日は我慢して。

(ひな) はい……。


 相変わらず、俺を自分の家に呼ぶひなだった。

 一緒にいるのは好きだけど、三木さんにバレた後から……どうすればいいのか分からなかった。あのタイミングで来るとは思わなかったし、ひなもなぜか半裸になっていたし……。絶対誤解される状況だったからさ。


 なぜか、ため息が出る。


「相変わらず、ひな先輩は奏多先輩に頼ってるみたいですね」

「そうかな? でも、今は俺がひなに頼ってると思う。ひなが来てくれなかったら、俺……何もできなかったはずだからさ。それより、話ってなんだ? 菊池」

「ひな先輩が無茶しないように、いつもそばにいてあげてください」

「…………無茶か」

「はい。ひな先輩は奏多先輩のためならなんでもする人ですから」

「…………」

「それほど好きってことです。奏多先輩は知らないと思いますけど。ひな先輩……、中学校を卒業するまでずっと奏多先輩のことばかり話してましたよ?」

「そうか……」

「あの時、二人の間に何があったのか私には分かりません。でも、ほぼ二年間先輩たちの間にどんな会話もなかったのは覚えています。ひな先輩はずっと奏多先輩の話をしていましたけど、実際学校にいる時は一人ぼっちでした……」

「…………」

「別に、奏多先輩を責めたいわけじゃないですけど……。ひな先輩は……、中学生の頃にいろいろ私に聞きましたよ」

「何を?」

「どうすれば……好きな人が私を見てくれるかなとか、どうすれば……りおみたいな明るい人になれるかなとか」


 全然知らなかった。

 ひなとは……中学2年生の時からずっと距離を取っていたからさ。見えないところで何をしていたのか分からなかった。ほとんどの時間を菊池と過ごしていたのか。


「あの! どうして、ひな先輩に声をかけなかったんですか?」

「…………俺は」


 言えなかった。

 いくら菊池だとしても、俺たちの関係をある程度知っている菊池だとしても、それだけは……言えなかった。

 やばい、指先が震えている。


「やっぱり、何かあったみたいですね」

「…………」

「はい! 無理してそれを聞き出すつもりはありません。でも、一つだけ……覚えてください。先輩」

「うん……」

「ひな先輩は何があっても奏多先輩のことを信じていました。そして、あの時の奏多先輩みたいに……、ひな先輩も奏多先輩を守ろうとしました。それが上手くいかなくて、斉藤一馬に殴られましたけど。それでも、ひな先輩はずっと奏多先輩を見ています」

「そっか。菊池はあの時の俺が何をしたのか、知っていたのか?」

「はい。ひな先輩のために、喧嘩したんですよね?」

「まさか、それを知っている人がいるとは。誰にも話さなかったのに……」

「それ、ひな先輩も知ってますよ? 私が話してあげましたから」

「…………そっか」

「すみません。話が長くなりましたね! えっと……、要するに! ひな先輩のことを幸せにしてください! 私は……、ひな先輩の後輩としてそれを望んでいます。でも、私だけじゃひな先輩を幸せにするのはできません。どういう意味なのか、言わなくても分かりますよね? 先輩」

「うん……」

「私はずっと応援してますよ? 先輩たちの関係を!」

「ありがと、菊池」

「えへへっ」


 まさか、後輩の菊池にそんなことを言われるとは。

 でも、やっとひなと一緒にいるようになったから……もう少しこの関係を維持したい。そして、約束もしたからさ。ずっと一緒にいるって———。


「いい後輩がいて嬉しいですよね? うふふっ」

「えっ?」

「なんですかぁ———! その反応は!」

「う———っ!」


 なぜか、菊池に頭突きされた。


「なんだよ、その頭突き……」

「ひな先輩を見て習いました。しょっちゅう奏多先輩に頭突きしてたんで」

「マジかよ……」

「ふふふっ」


 まったく……。

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