38 一緒

 菊池のおかげで今日は丸一日ひなと一緒にいるようになったけど、今はベッドで寝ている。それも当然か、あんなことがあったからさ……。

 そして、久しぶりに三木さんと電話をした。


 どうやら、学校側から連絡があったらしい。

 でも、俺には「心配しなくてもいいよ」とそう言うだけで、何があったのかは話してくれなかった。そして、電話を切る前に……「今日はひなのそばにいてあげて」って。「私より、奏多がそばにいてあげた方がもっといいかもしれない」って……。そう言われて……、俺は「はい」と答えるしかなかった。


 すでに、ひなの家に来ているからさ。


「…………奏多、そこにいるの?」

「うん、いるよ」

「お腹、空いたぁ……」

「そろそろ、夕飯食べようか?」

「今日はね、奏多とファミレスに行きたい……。久しぶりに外で食べよ」

「うん、分かった。それもいいね」


 ……


 時間は午後8時、俺は私服に着替えたひなと静かなこの道を歩いていた。

 でも、さっきからずっと俺と手を繋いでいるのはまだ不安だからか? 確かにあんなことがあったから、すぐ明るくなるのは無理だよな。今日はずっとひなのそばにいてあげるしかない。その不安が消えるまで———。


「あっ。そういえば……、ひなが寝ている間に三木さんから電話が来た」

「お母さんから?」

「そう。詳しい事情は話してくれなかったけど……、心配しなくてもいいってそう言われたよ」

「うん……。分かった」


 元気のない声……。


「ひな、俺がそばにいるだろ? 今日はずっとそばにいてあげるから心配しないで」

「ありがと……、奏多」


 ファミレスで注文をした後、俺の方をじっと見つめるひな。

 何か言いたいことでもありそうな顔をしているけど、どうしたんだろう……?


「実は……、私もあんな人についていくつもりはなかったけどね」

「うん?」

「あの人が……、奏多の秘密を知っているって言ったから……」

「そうか……」

「うん、私……この学校に転校してきた時、その空気を読んだから……。また奏多に変なことをするかもしれないと思って、それが不安で、断るのができなかったよ。でも、くだらないことばっかり話して……」

「いいよ、言わなくても……いい。あいつは絶対懲戒を受けるはずだから、今はそんなことより……俺と一緒に美味しいのを食べよう。ひな……」

「うん……。じゃあ、食べさせてくれない……? 奏多」

「はいはい」


 さりげなくひなにパスタを食べさせてあげた。

 もぐもぐと食べるその姿はすごく可愛いけど、なぜか悲しそうに見える。

 どうすればいいんだろう———。


「…………」


 その時、ひなが俺に笑ってくれた。


「奏多もあーん!」

「俺はいいよ……。人多いし…………」

「私は……、食べさせたい!」

「はいはい……」


 テンションを上げたのか、無理しなくてもいいのに……。


「ひひっ、美味しい?」

「う、うん……」


 てか、ひなが舐めたフォークで食べるのはやっぱり恥ずかしいな。

 どうして……、ひなはさりげなく俺と間接キスをするんだろう。そこがよく分からない。それに、全然気にしてないようなその顔もさぁ……。俺だけ、めっちゃ意識している。


 たまには俺の方から反撃したいけど、いい方法ないかな。

 ひなはいつもあんな風に俺をからかうからさ……。


「ふふふっ♪ 美味しい〜」

「うん……」

「何考えてるの? 奏多」

「べ、別に……何も!」

「そう?」

「そう」


 ファミレスで夕飯を食べた後、ひなと近所の公園で歩いていた。

 コンビニから買ってきたコーヒーを飲みながら、夜空を眺める二人。

 幼い頃にはよくこうやって近所の遊び場で夜空を眺めていたからさ、すごく懐かしい。そして、あの時はひなが俺のすべてだったから、ただそばにいてくれるだけですごく楽しかったと思う。


 今もそうだ。楽しい、この時間がさ。


「ちょっと寒いけど、奏多とくっつくとすぐあったかくなる!」

「俺も……」


 ベンチでくっついている二人、ひながさりげなく俺と腕を組んだ。

 なんだよぉ……。これじゃまるで恋人みたいじゃん。

 でも、ひなが楽しそうに見えるから……、それでいいと思う。うん……。俺はそれでいい。すごく恥ずかしいけど、精一杯我慢していた。


「都会の空は真っ暗だね〜」

「そうだね」

「…………」


 そして、二人の間に静寂が流れる。

 そばからぎゅっと俺の腕を抱きしめるひなとそのままじっとしていた。


「私……本当に変わってないね。あの時から一ミリも…………」

「なんで、そう思うの? ひな」

「私が……もっとしっかりしたら、あの人の話を無視したら…………。こんなこと起こらなかったはずなのに……」


 俺を抱きしめているひなの体が、すごく震えている。

 やっぱり……、忘れよとしても忘れられないんだろう……。ひな。分かる。


「ごめんね、私今日はずっと奏多と一緒にいたいから帰らないで……」

「分かった。でも、最初からひなと一緒にいるつもりだったからさ。今日はずっと一緒にいよう」

「うん…………」


 繋いだその手は離さなかった。

 家に帰る時まで……。そして、家に入った後……、しばらく玄関でひなとくっついていた。薄暗いところで、俺たちの間にはどんな会話もなかった。そのまま、じっとするだけ———。


「…………」

「俺がいる。ひな……」


 そう言いながら、ひなの頭を撫でてあげた。


「うん。奏多がいる。そして、甘えん坊でごめんね」

「いいよ、気にすんな……」

「ねえ、奏多……」

「うん。どうした?」

「今日は……、一緒にお風呂入りたいけどぉ…………」

「それは出来ない相談だ」

「チッ……」

「い、今舌打ちしたのかぁ……!?」

「してません〜」


 そのまま……ひなに頭突きされる。

 なんだろう、この謎の頭突きは……!?


「小学生の頃には当たり前のように私とお風呂入ったくせに……、今はダメなの?」

「ダメに決まったてんだろ!? ひ、ひなは女子高生だよ……?」

「じゃあ……、奏多は目を隠して!」

「それ……、意味あんの?!」

「私は恥ずかしくないからね! 小学生の頃に全部見たから、ちゃんと覚えてるの」

「それ……、覚える必要あるの?!」

「ひん…………」


 なんだろう、この恥ずかしい雰囲気は……。


「奏多、変態……」

「いいから、早く入れ———!」

「はい……」


 まったく……、このバカ。

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