37 意識④

 保健室の中。ひなが起きるまで、しばらくそのそばでじっとしていた。

 まさか、思いっきり女の子を殴るなんて……。正気かよ。そして、ひなは幼い頃から体が弱い女の子だったから、ずっと心配していた。俺がそばにいてあげないと、ひなすぐ倒れてしまうからさ。いまだに忘れていない。


 それもそうだけど、あいつはこの先どうなるんだろう。

 

「あら。授業、サボってるんですか? 奏多先輩」

「サボってないし……。あれ? どうして、俺の名前を…………?」

「まだ気づいてないですね! 宮内さん」

「うん? この声は……、もしかして菊池さんですか?」

「正解! 菊池りおでーす! よろしくお願いしまーす! あら、ひな先輩まだ起きてないですね。すみません……」


 いやいや、学校にいる時はメガネかけてたのか……? 全然知らなかった。

 そんなことより、お店にいる時とイメージが全然違うんだけど、女の子はいろんな意味で怖いな。


「ああ……、えっと。どうしてここに来たんですか?」

「あははっ、ため口で話してもいいですよ? 私の方が年下ですし、そういえば……まだ私について何も言ってあげませんでしたよね?」

「ああ……、うん」

「思い返せば、私がいくつなのか、どの学校に通っているのか。奏多先輩はそんなこと一切聞かず、ずっと仕事ばっかりしてましたよね〜」

「た、確かに……」


 うみのせいで、如月以外の女の子とあまり話をしなかったからさ…………。

 それに一緒にバイトをしている仲間だとしても……、いきなり歳を聞くのは失礼だと思ってそのまま仕事をしていた。でも、菊池はひなのことを知っていたのか? 先もひなのことを「ひな先輩」って呼んでたし、都会に引っ越して来て1ヶ月しか経ってないから不思議だった。


 どんな関係だろう、二人は。


「あ、その顔〜! どうして、私がひな先輩のことを知っているのか気になりますよね? 奏多先輩」

「えっ? バレたのか……」

「えへへっ。奏多先輩は……、なんっていうか〜。分かりやすいです!」

「何!? そ、そうなのか?」

「はい! そうです! そして、ひな先輩とは中学生の頃にけっこう仲が良かったんです。たまに奏多先輩の話もしたんですけど……、私は奏多先輩とあまり接点がなくて何も言えませんでした。あはは……」


 中学時代の後輩だったのか、俺も同じ中学校だったのに……全然知らなかった。

 当たり前のことか———。


 まさか、この学校に通っていたとはな……。よかったね、ひな。


「そういえば、菊池は……二人がどこに行ったのか知っていたのか?」

「はい! ちょうど職員室に行こうとした時、ひな先輩があの男と一緒にいたから、こっそり尾行したんです! その後、こっそり奏多先輩に教えてあげるつもりだったんですけど……、ちょうどいいタイミングで先輩とぶつかりましてね。あはは……。すごーい偶然!」

「ありがとう。菊池のおかげで……、ひなをすぐ見つけたよ」

「へへっ……。でも、私は……何もできませんでした。そんなことが起こるとは思わなかったし、知っていたら事前に防げたはずなのに……」

「自分のことを責めないで、菊池はいいことをした。悪いのはあいつだからさ」

「先輩…………。相変わらず、優しいですね……」

「相変わらず……か」


 そして、俺の方をじっと見つめる菊池。どうしたんだろう。


「あらあら、これ以上話したらひな先輩に怒られそうで私は教室に戻りまーす!」

「えっ?」

「あっ! そして、奏多先輩。今日はシフト変わってあげますから!」


 そう言った後、菊池はすぐ保健室を出た。

 そして、俺の手を握るひなにビクッとする。いつ起きたんだよ……。


「奏多ぁ……」

「ひな、大丈夫? 体、大丈夫!?」

「うん、ちょっと気絶しただけだからね。大丈夫…………」

「あいつに、変なこと……されたのか?」

「お腹を殴られた後……、すぐ奏多が来てくれたからね………。ありがと……」

「そっか。あのさ、なんであんなところに行ったんだよ。あんなやつの話……、無視してもいいのに」

「ごめん……。そうできなかった。そして、せっかく貸してくれたのに……、奏多のセーターが…………」

「いいよ、そんなの気にしないで。あんなセーターよりひながもっと大事なんだからさ」

「うん……。あ、あのね。奏多……」

「うん?」

「今日……、一緒にいたい。さっき……りおにシフト変わってあげるって言われたよね?」

「そ、そうだけど……」


 それ、そういう意味だったのか。


「だから、一緒にいたい……」

「分かった。今日は久しぶりに一緒に帰ろうか?」

「うん!」

「歩ける? ひな」

「うん、歩ける……。まだ、殴られたところが痛いけど……、歩けないほどじゃないからね」

「うん……。もう俺から離れないで、ひな…………」

「…………うん」


 じっと俺を見つめるひなに、なぜか目を逸らしてしまう俺だった。

 トラウマになったらどうしようとずっと心配していたからさ。

 もちろん、そうならないように俺がずっとひなのそばにいてあげるつもりだった。もう一人にさせないよ。

 一緒だよ、ひな。ずっとね。


「奏多奏多……」

「うん? どうした? ひな」

「私……、悪い夢を見たよ」

「悪い夢?」

「うん……。奏多が私を離れる夢…………。悲しかった」

「そんな……、俺…………」


 でも、否定できない俺だった。


「だから、ずっとそばにいてね。今みたいに」

「わ、分かった」

「行こう、教室に」

「うん」

「あっ……、その前に……やってほしいのがあるけど」

「何……?」

「私のこと、ぎゅっとしてくれない? 奏多がぎゅっとしてくれるとこの不安がなくなるような気がするから」

「……分かった」


 静かな保健室の中、俺はひなの体を抱きしめてあげた。


「温かくて、気持ちいい…………」

「うん……」


 ……


「やっぱり、あの先輩たちはくっついている時が一番幸せそうに見える」


 廊下でこっそり保健室の中を覗いているりお。


「あの……、そろそろ入ってもいいかな? りお」

「もう少しです、先生!」

「ええ……」

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