65 プラス⑤

 知らないうちにひなのことが好きになったしまった俺は、ずっとその気持ちを隠したまま、ひなのそばで何もなかったように毎日を過ごしていた。多分小学校を卒業するまで、ずっとそんな感じだったと思う。


 その感情をずっと押し殺してきた。


 そして俺たち3人の関係は、小学生の時よりもっと複雑になったと思う。

 わけ分からない距離感……、以前と違ってもううみが何を考えているのか分からなくなってきた。一緒にご飯を食べたり話をしたりするのは変わってないけど、気のせいかもしれないけど……、以前と違って壁が感じられる。


 とはいえ、いつもと同じ反応だったから深く考えないようにした。

 何かあったら、俺に声かけてくれるだろ。


「ジャーン! どうですか! 私の制服!」

「スカート」

「うん? スカート?」

「短い、ひな」

「ええ!? これが? そうなの? 別にいいじゃん! 普通だよ!」

「そ、そうか……」


 小学6年生の頃、ひなにやっとあれが来た。「モテ期」というのが。

 あれからずっと周りの人たちに「ひなちゃん、可愛い」って言われて、やっと友達ができるのかなと思ったら、卒業するまで俺と一緒だった。別に俺のこと気にしなくてもいいけど、当たり前のようにひなとくっついていた気がする。


 卒業する前の俺には友達がいなかった。一人もな。

 でも、後悔はない。そんな約束だったし、ひなと一緒にいるのは好きだったから。ずっとひなのそばにいた。

 そしてひなもずっと俺のそばにいてくれた。


「うみは先に行っちゃったのか?」

「うん……」

「なんか、元気ないね? 大丈夫? ひな」

「うん! 大丈夫! ふふっ」


 やっぱり、ひなの笑顔は可愛いな……。


「そういえば、ひなはうみと一緒に行かないのか?」

「どこ?」

「友達と一緒にショッピングするって言われたけど、ひなは一緒に行かないのか?」

「私はいいよ。特に買いたいものないし、私は奏多と奏多の部屋にいる時が一番楽しいからね」

「なんでだよ……。せっかく、中学生になったのに。友達……、作ってみたら? ひなは可愛いからすぐ友達ができると思うけど」

「奏多は私がよく知らない男の子と一緒いてほしいの?」

「友達だよ。てか、どうして男なんだ? 普通女友達だろ……?」

「ひひっ。でも……、ずっとそばにいてくれるって言ったから、いらないかも。そして怖いの。誰かと……仲良くなるの」

「…………」


 ぎゅっと俺の手を握るひなに、俺は何も言ってあげられなかった。

 誰の仕業なのかよく分からないけど、ひなにいろいろあったからさ。イメチェンしたひなが気に入らなかったのか、あるいはひなの存在自体が嫌いだったのかは分からないけど、いじめはいじめだから……。まだあの時の傷が治ってないように見えた。


 それは仕方がないこと———。


「なんか、私たち!」

「うん?」

「恋人っぽくない?」

「…………お、幼い頃からずっとこうだったじゃん……。今更……?」

「そうだね〜」


 俺だけ……、本当に俺だけなのか…………?

 どうしてだ。今……、すぐそばで俺の手を握っているひなを見て……、俺はどうしてこんなにドキドキしているんだろう。いちいち……、ずるい。だから、俺と一緒にいる時はそんなこと言わないでほしかった。


 ただでさえ恥ずかしいのに———。


「ねえ、奏多……! 私ね!」

「うん」

「奏多がいてくれれば……、何が起こっても耐えられるから……。だから、ずっとこのままでいてほしい」

「何かあったのか? ひな。俺はどっかに行ったりしないけど、どうして不安を感じているように見えるんだろう。気のせいだよな?」

「うん! 気のせい! ひひっ」


 寂しそうな表情をしていた気がするけど、すぐ俺に笑ってくれた。


「そっか」


 思い返せば、あの時……ひなに聞くべきだったと思う。

 その場で「何があったんだ?」ともっとしつこくひなに聞くべきだった。


 はっきり言ってくれないと分からないからさ。

 でも、ひなは何も言ってくれなかった。そしていつも同じことばかり話していた。


 そばにいて———。

 その話ばかりだった。


「へえ、私たち同じクラスなんだ〜。いいね」

「そうだね。今年もよろしく、ひな」

「私も! よろしくね!」


 繋いだ手はずっと離さないまま、俺たちはクラスに向かう。

 そうやって俺たちは新しい学校生活を始める。

 そこまではいいと思っていた。


 いつもの通り……、ひなと楽しい学校生活を送ればいい。

 それだけだったのに———。


「…………」


 でも、それは全部我慢できなかった俺のせいだ…………。

 あの日……俺がひなを呼び出さなかったら、何も起こらなかったはずなのにな。

 学校にいる時も家にいる時も……、ずっとひなのことばかり考えてしまう。それはよくないことだった。その感情が、いつかきっと俺を苦しめると思っていたけど、まさか耐えられないほどつらくなるとは思わなかった。


 目を閉じるとひなの顔が思い浮かぶ。

 そして俺を呼ぶその声も———。

 一緒に過ごしてきた時間が長いから、一緒にいるとさりげなくイタズラをしてしまうから。そのままでいいと思っていたのに。


 いつも俺に笑ってくれるひな、俺はそんなひなとどうなりたかったんだろう。

 そんな意味のないことばかり考えていた。

 その答えはすでに知っていたはずなのにな。


 どうなりたいとか、知っていたのにな。

 本当に馬鹿馬鹿しい。本当に———。


 初恋は毒だ。

 いっそ、赤の他人だったらあんなことで悩まなかったかもしれないのに。


「…………」


 1年間……、よく耐えてきたのにな。

 くっそが。


(奏多) ひな、今日もし時間があるなら〇〇橋に来てくれない? 話したいことがあるんだ。午後8時半! そこで待ってるから。


「待ってるから……」


 そして白い息を吐きながら夕焼けを眺める。


「待ってるよ……。ひな」

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