66 マイナス

 普段ならすぐ返事をしたはずなのに、今日はなぜか返事をしなかった。

 一応、待ち合わせの場所で待っているけど、来てくれるかどうか分からない。

 それに雪まで降り始めてどうすればいいのか少し悩んでいた。こんな寒い天気にひなと話したら絶対風邪引くから、仕方がなく「天気のせいで、さっきの話はなかったことにしよう」とラ〇ンを送ることにした。


 そしてその時———。


「奏多?」


 後ろから聞こえるひなの声。

 見たのか? 俺のラ〇ン……。天気のせいで来ないと思ったら、帽子とマスクをして待ち合わせの場所に来てくれた。告白……今日は諦めようとしたけど、こうなったらやるしかないよな。


 じっとひなの方を見つめていた。


「どうしたの? いきなり〇〇橋まで呼び出すなんて。家で話してもいいのに……」

「家には……、うみがいるから」

「うみ……?」

「うん……。さすがに家で話すことじゃないと思ってね」

「そうなんだ……。それで、話したいことって何?」

「…………」


 早く言わないといけないのに、あの簡単な言葉が出てこない。

 どうして出てこないんだ……。


「奏多……?」

「…………」


 こうなったら、一か八かだ。

 もううじうじする暇などない。

 ここで振られたら……、諦めるんだ。ひなのことを……。実はこんなことしたくなかったけど、俺が耐えられなかったからさ。ひなを見るたびに好きという感情が湧いてくるから、思春期の俺にその感情はとてもつらかった。つらすぎて、どうすればいいのか分からなくなるほどつらかったんだ。だから、やるしかない。


 ここで、言うんだよ。3秒でいい。


「えっと……、俺……ひなのことが好きだから」


 口に出してしまった。


「…………」


 そしてしばらく二人の間に静寂が流れる。

 急に自信がなくなってしまう、なぜかそんな気がした。何も話してくれなかったからさ。

 てか、ひなは大丈夫かな? 今夜は本当に寒いから心配になる。


「ひ、ひな……? ごめん。いきなり変なことを言い出して…………」


 そしてその静寂を破ったのは俺だった。

 なんとかしないといけないような気がしてさ。


「…………」


 すると、ひなにビンタをされる。

 その音が響いた。

 一瞬、頭の中が真っ白になって、どうすればいいのか分からなかった。

 やっぱり……、こんな反応が来るのか? それほど気持ち悪かったのかな……? でも、そんなことしなくてもいいだろ? 普通に「ダメ」って言ってもいいだろ? どうしてだ、ひな。


 その場で、精一杯我慢していた。涙が出そう。


「そうよ」

「えっ?」

「それは迷惑だよ……。奏多」

「そ、そっか……。ごめんね。俺のことばかり考えてて」

「そう。話したいのはそれだけ?」

「うん……」

「はあ……、最近ずっとくっついてたから勘違いしたみたいだね。奏多」

「…………」

「私にとって奏多はただの幼馴染だよ。こんな寒い天気に私を呼び出して、告白だなんて最悪……。風邪ひいたらどうすんの……? 私のこと、少しは考えてほしい。奏多」

「うん……」


 下を向いていた。

 顔を見る勇気がなくて、ずっと下を向いていた……。

 いや、その前に心が壊れて「うん」以外の言葉が出てこない。ここに来る前に、こうなるかもしれないと思っていたけど。やっぱり俺だけだったんだ。好きだったのはずっと俺だけ。俺だけだったんだ———。


 ショックだった。

 一番好きな人にビンタされて、振られて、心が折れた。

 マジかよ。


「私は帰る」

「…………」


 その後ろ姿をじっと見つめていた。

 その場でできることは何もなかったからさ。すごく寒かったけど、その寒さすら感じられないほど悲しかった。

 そしてひなの姿が消えた後、やっと我慢していた涙を流す。


 やっぱり、告白なんかするんじゃなかった。

 全部、俺が悪かった……。俺が……、悪い。

 こうなるかもしれないって知っていたくせに、自分の感情に振り回されて、余計なことを言ってしまった。


「…………くっそ、寒い」


 そしてバカみたいに「既読」になったひなとのラ〇ンを見る。

 これからどうすればいいのか、分からなかった。


「そろそろ、帰ろうか……。俺も…………」


 数日前まで仲良く過ごしていたのに、明日から赤の他人になる。

 あんなことをされて、あんなことを言われて、自信がなくなってしまった。

 そして何があってもひなのそばにいてあげるって言ったのに、その約束は俺のバカみたいな告白でもう守れなくなった。さすがに無理だよな。振った人がすぐそばにいるのは、さすがに無理……。どれだけ考えても、それはできない。全部俺のせいだ。


「…………」


 白い息が出る。

 そして寒さに指先が真っ赤になって、すごく震えている。


「奏多、今日は遅いね」

「ひっ……。あっ、お母さん。今日はちょっと友達と…………」

「夕飯作っておいたから早く食べて」

「あっ、うん! ありがとう! いただきます!」


 初めて「寂しさ」というのを感じた。

 そして……これが初恋で、これが失恋。

 じっと目を閉じて精一杯我慢しようとしたけど、どこを見てもひなを思い出してしまうから無理だった。


 無理だよ……。

 そんなことできるわけないだろ。今まで……、ずっと一緒にいたから。


「奏多? どうした?」

「…………辛い!」

「えっ? そ、そう……?」

「うん……」


 それを言い訳にして、食卓の前でバカみたいに泣いていた。

 お母さんのご飯はすごく美味しかったけど……、今日はしょっぱい。


「…………」

「そんなに辛いの? 奏多」

「うん……」


 そうやって俺は失恋した。

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