3 不都合な真実
「浮気したうみが気になるよね? 奏多……」
「い、いや……。うみが浮気だなんて、そんなこと……するわけないだろ? 俺たち幼馴染だし、幼い頃からずっと一緒だったから…………さ。だから、うみはそんなことしない。俺はうみのことを信じている」
「…………」
なぜ、それを知っているのかすごく気になるけど、ひなに聞くのは無理だった。
その話が本当なのか確かめたいけど、確かめたくない。その矛盾に自分もどうしたらいいのか分からなかった。ひなにそれを聞いたら今すぐ壊れてしまいそうな気がして、すごく怖かったから。だから、うみにすぐ電話をかけるのもできなかったんだ。
自分に「大丈夫」とずっとそう言い返している。
バカみたいだな。
「じゃあ、どうしてそんな顔をしてるの? 奏多。私を見て」
「…………ち、違う! 俺は……、久しぶりにひなに会ってそれがすごく嬉しかったから……! それだけだよ!」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、嘘をつくのはやめてくれない? 奏多」
「…………っ」
相変わらず、その穏やかな声には敵わないな……。
ひなは幼い頃から頭が良くて、大人しい女の子だったからさ。俺はそんなひなにいつも頼っていた。そして、数年間ずっと俺を見てきたから……、顔を見ればすぐ分かるってことか。ひなには何を隠してもすぐバレてしまうよな、まさか……あの時みたいにバレるとは思わなかった。もう昔の話なのにさ。
まだそんなことができるんだ。
「ごめん……」
「やっぱり、浮気だよね?」
「だと……思うけど、まだ聞いてないから……! まだ……分からない」
「…………」
そして、ココアを一口飲んだひなが俺のそばに座る。
二人の肩が触れた時、ビクッとした。
「ど、どうした? ひな……」
「奏多が寂しそうに見えたからね。幼い頃にはよくこうやってそばにいてあげたじゃん。もう忘れたの?」
「そ、それは……幼い頃の話だぞ? 俺はもう……子供じゃないよ。ひな」
「ふーん。幼い頃にはすぐ私のところに来て、ひななんとかしてぇ〜って言ってたくせに」
「…………そ、それは……! 否定できないけどぉ……」
「ふふっ、懐かしいね」
いつの話なんだよ……。
「うん」
てか、ひなは寒くないのか……?
こんな寒い天気にフードとスカートだけだなんて、それに……スカートも短いし。
もしここで風邪をひいたら、俺……お母さんに一言言われるかもしれない。ひなとお母さん仲がいいから……。
「どうしたの? 奏多」
「いや……、服装が軽いなと思って。寒くないのか……? ひな」
「……っ、女の子の足をジロジロ見るんじゃないよ……! この変態!」
「べ、べべ……別に足とか見てねぇし! そもそも、そんな短いスカートを履いたひなが悪いんだよ……」
「そ、それは! 都会の女の子、みんな可愛いから……仕方がなかったよ。オシャレしないと……、田舎から来たのをバレちゃうから…………」
「ええ、そんなの意識してたのか……」
「ちょ、ちょっとね。でも、ストッキングを履いたのはやっぱりよくない選択だったかも……。寒い……」
「だろ? ベッドに座って……、床は冷たいから」
「うん!」
そして、ベッドに座るひなにさりげなく布団をかけてあげた。
テーブルに置いておいたココアも忘れず、彼女に渡す。
「この家……エアコンの暖房が故障して今は耐えるしかない。ごめん」
「うん、平気! それより、奏多はそばに来ないの?」
「えっ? いいよ……。俺はいい……」
「照れてるの?」
「違う! そんなことじゃねぇよ」
ドアを開けた時、いきなり俺を抱きしめたからさ……。
ひなのせいじゃないけど、あの時、俺は少しだけうみだったらいいなとそう思っていた。だから、ひなのそばに行くのはできない。そして……、とっくに終わった関係だし、またひなに頼るのはよくないと思う。中学生の頃まで一緒だったから、久しぶりに出会って嬉しい気持ちはあるけど、それだけだ。
それ以上の感情は……、俺たちの間に生まれない。
「…………」
すると、俺のネクタイを引っ張るひなだった。
「寒いからそばに来て…………。奏多」
どうして……、こんなことをするんだろう。分からない。
でも、ネクタイを引っ張りながら笑みを浮かべるひなに、俺は抗えなかった。
なんか、首輪を握られたような気がするけど…………。
「風邪ひいたら奏多のお母さんに全部話すからね、ちゃんと温めて」
「おい……。ひな…………」
「うん?」
「次は……そんな格好で来ないでくれ。風邪ひいたら俺が面倒を見ないといけないんだろ?」
「風邪ひいたら……面倒見てくれるの?」
「は? 当たり前だろ? まあ、家に他の家族がいるなら俺が面倒を見る必要はないと思うけど…………。一応…………」
「私、一人暮らししてるの」
「えっ!? 一人暮らし? いつから?」
「まだ一週も経ってない。引っ越してきたばかりだからね」
「そうなんだ」
そう言いながら、さりげなく俺の肩に頭を乗せるひな。
そばから女の子のいい匂いがする。
つらい、そばにひながいるのがすごくつらい……。とはいえ、せっかく来てくれたひなに「帰れ」とは言えないから、この状況を耐えるしかない俺だった。ひなの顔を見るとうみのことを思い出してしまうって……、そんなこと絶対言えないからさ。
「奏多」
「うん?」
「私……、もしかして迷惑かな?」
「えっ? ど、どうしてそう思うんだ?」
「さっきからずっとあっち見てるし……、私の方を見てくれないから」
「いや、ちょっと…………ひなも俺も高校生だからさ! は、恥ずかしいだけだ」
「うん……。ねえ、奏多……」
「うん」
「この後、少しだけ私に付き合ってくれない……? 今日は予定……ないよね?」
「うん、そうだけど……」
「じゃあ、そろそろ出かける準備をしよう」
「あのさ! ひな……。ど、どこに行くんだ?」
「…………」
俺に帽子を被せたひなは、なぜかすぐ答えてくれなかった。
どこに行くんだ? その簡単な質問がそんなに難しかったのかな……?
そして、苦笑するひなが俺にこう話した。
「私……奏多に嘘つくの嫌だからね」
「えっ? どういうこと……?」
その後、ひなは何も言わず……先に家を出た。
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