13 地獄②

 うみの登場に、クラスの女の子たちが急いで彼女の周りに集まる。

 でも、主な話は俺の悪口だった。

 そして、俺がうみのところに行こうとした時、クラスの男たちと斉藤が俺を行かせてくれなかった。うみなら……きっとひなってことを知ってるはずだから、みんなに「それ、誤解だよ」ってそう言ってくれれば、今の話はなかったのことになる……。


 なのに、どうしてこいつらは……俺の邪魔をするんだ? なぜだ。


「う、うみ…………!」


 その名前を呼んだ。

 うみと俺は幼馴染だから……いくら別れた関係だとしても、それくらい言ってくれると思った。俺も昔みたいに仲良くなりとか、そんなこと考えてないからさ。うみと別れたのは、あいつとうまく行った方がもっといいと思っていたからだ……。悲しいけど、すごく悲しいけど、胸がすごく痛いけど、我慢してうみのことを忘れようとした。


 浮気したのを知っているけど、そんなことで喧嘩しても意味ないから———。

 知っていたから、無視したんだ。


 でも、なんでうみは……虫ケラを見るような目で俺を見ているんだ?

 どうしてだ……?


「うみ……?」


 ちらっと俺の方を見たうみは、すぐ俺から目を逸らした。

 そっか、そういうことだったのか……。別れた時点で俺は……、もううみと関係ない人。クラスの人気者で……、先輩や後輩たちによく声をかけられる可愛い女の子。そんなうみを振ったから……、友達すらならないってことなのか……? 浮気をしたくせに———。


 バカみたいだ。


「奏多、お前は……本当にどうしようもないやつだな」

「退け! 俺は……うみに話したいことがあるから」

「はあ? お、おい!!!」


 斉藤に掴まれた腕を振り払って、すぐうみのところに走って行った。


「何か、言ってくれ……。うみ!」

「な、な、何を…………。怖い……、奏多くん」

「はあ?」

「ごめん……。私、何も知らない……。でも、振られたのは本当だから…………」


 いや、違う……。お前……、誰だ?

 なんで、俺の前でそんな弱々しい声で答えるんだ……? 普段は命令形で話すんだろ? いつも一方的に連絡をして、すぐ返事をしろって言ってたうみが……、今「怖い」って言ったのか? 一瞬、聞き間違いかと思った。


「おい! 宮内奏多!」

「…………」

「ごめん! 私、何も知らないから……! ちょ、ちょっとトイレ行ってくる!」


 そう言いながらすぐ教室を出るうみ、俺は何もできずその場でじっとしていた。

 さっきクラスの女の子たちと話した時……、俺の話を聞いただろ? なのに、どうして……それを否定してくれなないんだ? そして、俺たちが綺麗に別れたって事実も———。


 どうして、何も言ってくれないんだ……? うみ。


「…………」


 こそこそ俺の悪口を言ってるような気がするけど、何も聞こえない。

 頭の中が真っ白になっていた。

 緊張して、心臓も……すごくドキドキしている。つらい。


「おい!」


 そして、顔を上げた時、たくさんの人々が俺を見ていた……。

 ここに立っているだけですごいプレッシャーを感じる。


「どうする? 奏多。素直に認めたらうみちゃんもきっと許してくれるはずだ。うみちゃんは優しい女の子だからね」

「そうだ! そうだ! お前、浮気したくせにまた嘘をつくのか! 宮内」

「優等生の宮内が裏でこそこそ浮気をするなんて、信じられない!」

「…………」

「なんとか言ってみろ! なんで、浮気なんかしたんだよ。宮内!」

「黙ってるだけじゃ何も変わらない。奏多。早くなんとか言ってみろ。そうじゃないと……、お前は本当に浮気をしたクズになるよ? あはははっ」

「でも、浮気したやつがどんな言い訳をするのかそれも面白そうだから……、なんとか言ってくれ」


 その話に……答えられなかった。

 そして、さっき……俺を見たうみのあの目……。

 最初から……こうするつもりだったのか? カフェで俺に「後悔しないの?」って聞いたのも。これだったのか? なぜ、あんなことをしたのかは分からないけど、一つ確かなことはこのままじゃ……誤解を解けないってことだ。


 だからって、俺にできるのは……? 何もない。

 その場で、こいつらにずっと責められるだけだった。


 ……


 そして、休み時間毎に……クラスメイトたちが俺の話をする。

 こそこそ話しても全部聞こえるのにな……。

 さりげなく「クズ」「浮気者」「どうしようもないやつ」など……、そう言いながらくすくすと笑っていた。クラスメイトたちはそれを楽しんでいる。そして、俺には震えている声で話していたうみが、斉藤と一緒にいる時はすごく明るい声で話していた。


 馬鹿馬鹿しい。


「…………」


 新学期……、俺は以前と違ってたくさんの友達を作りたかったのに、完全に孤立してしまった。

 誰も俺に声をかけない。

 誰も俺と関わろうとしない。

 誰も俺の話を聞いてくれない。


 そして———。

 机に入れた飲みかけのジュース、廊下に投げられた教科書、ゴミ箱に入っているカバン。


 俺はいじめられている。


「ヨォ〜、浮気者。どこ行くんだ?」

「…………」

「あはははっ、一馬無視された!」

「ちげぇよ〜」


 でも、斉藤だけはクラスメイトたちと違ってしょっちゅう俺に声をかけた。

 あれがあってからみんな俺と距離を置こうとしているのに……、斉藤だけあんな風に俺に声をかけてくる。うちのクラスに自分の友達まで連れてきて……、さっきみたいな反応を楽しんでいた。


 完全に見下されている。


「……き、如月」

「…………」


 そして、あの如月すら……俺のことを無視していた。

 どうせ、うみの友達だったから当たり前のことか。


「はあ……」


 自販機の前……、急に湧いてくる悲しい感情を精一杯我慢していた。

 写真の中にいる女の子、それがひなってことくらい見れば分かるだろ? うみの双子の妹だから。なのに……、どうして何も言ってくれなかったんだ? 俺は……、どこから間違ったんだろう。


 分からない。

 そのままじっと窓の外を眺めていた。

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