14 二人のブランチ

「あっ、久美子くみここっち」

「わぁ〜! 本物のゆりえだ〜。久しぶり〜」

「ええ、本物ってなんだよ」

「ふふっ」


 時刻は午前11時を少し過ぎた頃、繁華街のあるカフェで挨拶をする二人。

 注文を終わらせた後、久美子の方から先に声をかけた。


「ゆりえ、仕事は? 順調?」

「うん、忙しいのは変わらないけど、ある程度慣れてきたからね。やっぱり私がいないとダメらしい」

「よかったね、ゆりえならきっとうまくやっていけると思ってたよ……。そして、大丈夫だよね……? その件について話すのはよくないと思うけど、友達として心配になるから……」

「うん、もう心配しなくてもいいよ。もう終わったし……、ひなも都会に引っ越してきたからね」


 それを聞いて、ほっとする久美子。彼女は微笑みながらゆっくりステーキを切っていた。


「そうだ。ゆりえ、知ってる?」

「何?」

「こないだ。ひなちゃんに電話が来てね、さりげなく奏多の住所を聞いたの」

「そうか、ひなと奏多は幼い頃から仲がよかったからね。でも、どうして急に都会に行っちゃったんだろう。宮内さんの仕事で都会に行くようになったのは分かるけど、ひなの話によると都会に引っ越すのは高校を卒業した後だったらしい」

「ああ、それね……」


 思わず、下唇を噛む久美子だった。

 そのまま持っていたフォークをテーブルに下ろして、ゆりえと目を合わせる。


「何かあったのかな?」

「あの子……、小学生の頃には優しい子だったのにね。何かあったのか分からないけど、中学生になってから急に喧嘩を始めて……、ほぼ毎日担任の先生から電話がきたよ」

「け、喧嘩……? あの奏多が?」


 自分が覚えている奏多のイメージと全然違って、少し慌てているゆりえだった。

 いつもひなのそばで、ひなの話ならなんでも聞いてあげたから、ひなにとって奏多は自分を守ってくれるお兄ちゃんみたいな存在だった。そうやって仲良く過ごしてきた二人。奏多の優しい言い方と性格は誰よりもよく知っていると思っていたから、ゆりえは理解できないという表情をしていた。


「そうよ、いつだったけ。中学二年生の頃だったと思うけど、急に先生から電話が来て、奏多が学校のヤンキーたちと喧嘩をしたって……」

「えっ?」

「相手は5人くらいって言われて……、怪我したらどうしようとすごく心配していたけどね……。なぜか、ヤンキーたちが奏多にひどくやられていて、あの日は私が謝るようになった……」

「えっ……?」

「奏多も怪我がすごかったけど、あの子たち……ずっと泣いてたから…………」

「でも、どうして奏多が喧嘩を?」

「その理由、私も聞きたかったけどね……。どっちも理由を教えてくれなかったからいまだに分からない」


 そう言いながらため息をつく久美子。


「あれがあってから……、中学校を卒業するまで毎月喧嘩しててね。私……、いつも学校に行ってた気がする」

「そ、それは大変だね———」


 ふと、何かを思い出したゆりえがじっとテーブルの方を見つめていた。

 そのまましばらくぼーっとする。


「それでね、どうしてそんなに喧嘩してるのか聞いてみたら。お母さんは何も知らないって、私に怒ってたの。ひどくない?」

「…………」

「私も先生の前で謝るの恥ずかしいし、しょっちゅう喧嘩してるからもう我慢できなくて。じゃあ、好きなひなちゃんと別れてお父さんと都会に行けば?って言ったら素直に『うん』って答えたよ」

「…………」

「幼稚園に通っていた頃からほぼ毎日くっついていた二人なのに。ひなちゃんをそう簡単に諦める奏多を見て、私何も言えなかったよ……。怒りたかったけど、あの時の奏多……何を考えているのか全然分からなかったから、怒るのも諦めた」

「…………」


 ぼーっとして、久美子の話を聞き流しているゆりえ。


「ゆりえ?」

「…………」

「ゆりえ? どうした?」

「えっ あ、ああ……ちょっと、仕事のことで。ごめん。でもね、奏多にもきっと理由があったんじゃないかなと思って……」

「理由? そうだね、私もその理由が知りたかったのに……。奏多、体のあちこちにあざができて鼻血を流しても喧嘩をやめなかったから。それでも、そんなに喧嘩をする理由、聞いても教えてくれなかったよ。ずっとね」

「そうなんだ……」

「高校生になった今は喧嘩をやめたみたいだから、ほっとしたよ……」


 すると、何かを思い出した久美子が両手を合わせる。


「そう! そういえば……、私に……仕方がなかったって言ってた気がする」

「仕方がなかった……」

「意味、分からないけどね……」

「そうだね……」

「でも、心配しないで! 今の奏多は成績もいいし、喧嘩もやめたし、楽しい学校生活を過ごしてるって話してくれたから」

「うん。私は奏多のことを疑ったりしない。奏多はいい子だからね、久美子」


 そして、食事を終わらせる二人。ゆりえが口を開けた。


「久美子」

「うん?」

「一つ……聞いてみてもいい?」

「いいよ」

「どうして優しい人はそうでない人が好きになるの? この話の意味……なんだと思う?」

「…………誰の話?」

「分からない。そう言ってから、すぐ部屋に入ってしまったからね」

「…………」

「いいよ、気にしないで。ブランチは私がおごるから、久美子。久しぶりに話ができてよかった。また時間があったら今日みたいに話をしよう」

「えっ!? い、いいよ! 私がおごるから」

「じゃあ、次は久美子がおごって。そして、これから仕事があるから先に行くね。ごめん」

「うん! が、頑張って!」

「ありがと〜。また連絡するから」


 そう言いながら先にカフェを出るゆりえ、久美子はその後ろ姿を見つめながらある記憶を思い出す。


「どうして! どうして! どうして! いつも喧嘩ばっかりなの? 奏多! お母さんもう疲れたから……、やめてぇ…………。お願いだから…………」

「ごめん……」

「ごめんじゃないよ! いつもごめんって言ってるじゃん! 喧嘩をやめてよ! 奏多…………。ごめんじゃなくて、喧嘩をする理由くらい教えてよ……! なんで、いつも……」

「悪いことをしたのはあいつらだから。あいつらが謝らないから! 俺は……ちゃんとやめろって言ったよ! なのに……、せせら笑って、俺の話を全然聞いてくれないから……。あいつらが謝るまで…………殴るしかなかった」

「一人であの人数に勝てると思うの? 腕も足も、腹も……傷ばかりで……、奏多」

「違う、勝てるかどうかそんなの関係ない。ただ、死ぬ覚悟で殴るだけだから……そうじゃないと———」


 それは泣いている母子が口喧嘩をした時の記憶。


「…………」


 久美子は、なぜ奏多がそんなことを言ったのか分からなかった。

 どれだけ考えても分からないことだった。

 奏多はその理由を久美子に言わなかったから———。


「…………」


 そして、こっそりため息をつく。

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