71 かけら②

「このバカ!」

「…………」

「このバカ……、奏多はバカ! 私が……、私が奏多のことを断るわけないでしょ? 私がどれだけ奏多のことが好きだったのか本当に知らないの? ずっと、そばにいたじゃん! 嫌いだったら、探しに来るわけないでしょ?」

「うん……」


 ぼとぼと、涙を流すひなが俺を見ている。

 そしてあの時のことを思い出した俺もひなと同じく涙を流す。それは全部……、全部うみの仕業だったんだ。俺はうみと仲が良かったから、ずっとうみの話を信頼していたけど、うみはずっと俺に嘘をついていたんだ……。


 思い返せば、変わったうみの雰囲気に気づくべきだった。

 いつも外で友達と遊んでいたはずのうみがずっと家にいたからさ、それを疑うべきだったのに。ひなに振られたショックで、そしてうみがいてくれないと俺の話を伝えてくれる人がいなくなるから……。


 ずっとうみに頼っていたんだ。俺は……。


「私がどれだけ奏多のことが好きだったのか、分かるよね? 今なら……」

「あっ、う、うん……。そして俺はあの時のこと……、謝らないと……。あの時、ひなを助けてあげられなくて、その噂……俺は信じなかったのに……。すぐ助けてあげられなくて、本当にごめんね……」


 一番大切な人が先輩たちに殴られていたのに、俺は無視したから。

 何もしなかったから。

 それがトラウマになっていた。


「大丈夫、私は平気……。だから、もうあの時のことは言わないで……。私たちの間にあったことは全部誤解だからね! 私は奏多を信じている。これからずっと一緒にいよう。奏多……」

「うん……。一緒だよ」


 涙まみれになったひなの顔を見て、何気なくその涙を拭いてあげた。

 すると、またひなにキスをされる。


「ちょっと……、ひな。時間遅いからぁ……」

「私……、中学2年……そして高校2年。ずっと我慢していたよ? 奏多。分かる? 好きな人とキスがしたくて、ずっと我慢していたよ。こんな風にさりげなくキスがしたいけど、奏多が何を抱えているのか分からなかったから。そうできなかった……」

「…………そ、そうなんだ……」

「奏多は私の物だよ。分かった?」

「うん……」

「そして私と一緒にいる時は首輪をしよう! また逃げるかもしれないから!」

「犬ですか、俺……」

「ふふっ、私の物だもん〜」

「バカみたい……」

「ふふっ。じゃあ、もう何もないよね? 心に引っかかるようなこと」

「うん……。ごめん」

「ごめんって言わないで、その代わりに……今度はその約束をちゃんと守ってね」

「分かった……」


 距離が近い……、近すぎる。

 いつもこんな感じだったと思うけど、見えない壁が消えたからか……? すぐ前にひなの唇が……、そして我慢していた好きという気持ちがなぜか爆発しそうになって、すごくやばい状況だった。


「やっぱり、奏多は私のことが好きだったんだ……。それは全部嘘だったんだ……」

「うん?」

「うみがね、『奏多は暗くて消極的な女の子好きじゃないから私と付き合ったの』って、そう言ったから」

「そんな……」

「でも、奏多はずっと私を見ていたよね? そうだよね?」

「う、うん……」


 そしてまたキスをされる。

 ちょっとやりすぎじゃないのかと言いたかったけど、何も言えない俺だった。ひなのテンションが上がっていたから、そして俺もすごくキスしたかったから。そのままひなとキスをしていた。


 なんか、だんだんひなの味に慣れていくような気がする。

 すごくエロい。


 好きな人とキスをするのはこんなに気持ちいいことなんだ……。

 不安が消えて、空っぽの心が満たされる。

 体の温もりと舌の感触がすごく気持ちよくて……、思わずぎゅっとひなを抱きしめる俺だった。


 そしてすごく恥ずかしい。


「ひな……」

「うん?」

「そろそろ寝ようか? 時間、遅いから……」

「ねえ、やらないの?」

「えっ? 何を……?」

「あれ……、やらないの? きっとやると思って……、服……脱いだのに…………」


 早いな、いつ脱いだんだ……?

 てか、なんで下着姿になってるんだ……? 全然気づかなかった。


「いや、そ、それは…………」

「奏多は……私と一緒にいた時、すぐ興奮したよね? 今もそうなの?」

「えっ!? いきなり……、何を言ってるんだ! ひな!」

「だって、お風呂に入る時にいつも怒ってたし……。私に触れる時もそうだったし」

「いつの話だよ!」


 だから、一緒に入りたくなかったんだよぉ……!

 それを知っていたくせに、どうして俺と一緒にお風呂入ったんだよ……。

 ひな……。


「恥ずかしい話は禁止だ。ひな……」

「耳も顔も真っ赤になってたよね〜。あの時の奏多めっちゃ可愛かったよ〜」

「からかうな……」

「でも……、小学生の頃と違って……、今はなんかガッシリっていうか……」

「高校生だから……、ひなもそうだろ? 可愛くなったよ。小学生の時もそうだったけど、だんだん可愛くなってさ……。気持ち悪いかもしれないけど、中学校を卒業する前までちらっと……ひなの方を見ていたから」

「…………そう? 私、可愛い?」

「うん……」

「よかった……。お母さんにいろいろ聞いたの。奏多に可愛いって言われたいから可愛くなる方法を教えてって」


 あれを言われるとこっちが恥ずかしくなるんですけどぉ……。

 だから、中学2年生の頃から雰囲気が変わったのか……? 女の子はいろんな意味で怖いな……。


「そっか……、うん。可愛い」

「ふふふっ」

「そろそろ寝ようか……? 明日学校行かないと……。そして服着ろ」

「そうやって誤魔化すの? 奏多」


 くっそ、バレたのか……!


「じゃあ、私の言うことを一つ聞いてくれたら、さっきの話はなかったことにする! どう?」

「一応、聞いてみる」

「奏多の首にキスをしたい! ずっとやってみたかったから!!!」


 それはどういう意味だろう。でも、断るのはできないよな。


「わ、分かった……。俺は何をすればいい?」

「そのまま目を閉じてじっとして」

「わ、分かった……」


 真っ暗……、そして首を舐めるひなの感触が伝わってくる。

 リアルすぎて、ちょっとやばいかも。これ……。

 なんっていうか、キスよりもっとエロいっていうか……。こんな時間に俺たちは一体何をしているんだろう。早く終わらせてくれぇ、ひな。恥ずかしすぎて、倒れてしまいそうだから———。


 ひなに首を舐められて、噛まれて、なぜか吸われている。


「はあ……。い、痛かった?」

「ぜ、全然……。お、終わったのか? ひな……」

「うん! へへっ、奏多!」

「うん?」

「好き!」

「お、俺も……好きだよ……」

「このまま朝になるまで奏多とくっつきたい! 寝よう寝よう!」

「てか、その前に服を……!」

「え〜、そんな細かいことは気にしないで〜! 奏多とくっつくの好きだから、このままでいいの!」

「いや、服を着ろぉ……!」

「おやすみ〜! 奏多〜」


 俺の話……、全然聞いてくれない。

 マジかよ。

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