17 転校生

 朝からいい匂いがする。これは……みそ汁の匂いかな?

 そして、目を開けた時……、オタマを持っているひなが俺の方を見ていた。びっくりしたけど、起きたばかりだから声が全然出てこない。そのままじっとひなの顔を見つめるだけだった。


 もしかして、朝ご飯を作っていたのか……?


「おはよ〜、奏多」

「お、おはよう。ひな……」

「おはよ〜」


 そう言いながら俺の頬をつねるひな、ニコニコ笑っているその顔に朝から癒される俺だった。そして、ふと昨日のことを思い出す。俺たち……、ここでキスをしたからさ。それを忘れようとしたけど、いまだにその感触を覚えていて、さりげなくひなから目を逸らしてしまった。


 可愛すぎるのもあるけど、顔が近い……! なんだよ、この距離感。


「早く起きないと……、朝ご飯あげないからね」

「えっ……! わ、分かったよ……!」

「ふふっ」


 そうやって、今日の朝ご飯はひなが作ってくれたみそ汁とオムライス。

 そばに座るひなと一緒に食べていた。


「…………」


 肩が触れる距離でもぐもぐとオムライスを食べるひな、なんか朝ご飯を食べるだけなのに、すごくいい。この……普通の日常がすごくいいと思っていた。

 そういえば……、いつの間にかひなの部屋着と化粧品が俺の机に置いている。

 家出するわけないし、なんで……それを持ってきたんだろう。そして、部屋着持ってきたくせに、なんで俺のシャツを着てるんだろう。俺の前で無防備なのは、あの時と一緒だけど、今はあの時と全然違うからさ———。


 そんなことより……大きいシャツを着ていて、下着の肩紐が見えそうだ。

 てか、本人は全然気にしていないし……。


「うん? どうしたの? 奏多」

「なんでもない。てか、ひな髪の毛食べてんじゃん……」

「えっ? そうなの?」


 知らなかったのか……? バカ。

 すると、俺にヘアゴムを渡すひなだった。


「はいはい……」

「へへっ、言わなくても分かるんだ〜」

「うるせぇ〜」


 そう言いながらくるりと背を向けるひな、後ろでその髪の毛を縛ってあげた。

 そういえば、幼い頃にはよくこうやって髪の毛を縛ってあげたよな。

 しかも、それをお母さんに教えてもらった気がする。ひながしょっちゅう「髪の毛縛って」って言ってたからさ。そして、いい香りがするひなの長い髪の毛。幼い頃には知らなかったけど、俺は黒髪ロングが好きだったんだ。


 そのままじっとひなの後ろ姿を見ていた。


「あっ! ポニーテール〜」

「あっ、つい……」

「えへへっ、懐かしいね〜。私、ポニーテールあまりしないから……。どー?」

「えっ? どうって?」

「可愛い?って聞いてるの! バカ奏多」

「あっ、うん……。可愛いよ、ひな」

「遅い! そこはすぐ可愛いって言うのよ! バカ奏多!」

「なんか、ごめん……」

「むっ!」

「ごめん〜」


 なんで、怒ってるんだよ……。

 そして、さりげなく俺の脇腹をつねるひなだった。


「痛っ!」


 ……


「ごちそうさまでした。ありがと、ひな。すっごく美味しかった」

「よかったね」


 ひなと朝ご飯を食べた後、すぐ学校に行く準備をした。

 うちに来てくれたは嬉しいけど……、あいにく学校に行く時間だからさ。

 もしひなが俺と同じ学校に通っていたら……、一緒に登校することもできると思うけど、そんな夢みたいなことは起こらないよな。制服に着替えて部屋を出ると、部屋着姿のひなが俺に手を振ってくれた。


「着替えたの?」

「うん。そういえば、ひなは学校行かないのか?」

「私? ああ、私は今日用事があるからね。そんなことより、奏多早く行かないと遅刻するよ?」

「じゃあ、またね。ひな」

「うん! あっ、待って! 襟!」


 ニコニコしているひながさりげなく俺の襟を直してくれた。


「い、行ってきます!」

「いってらっしゃい! 奏多!」

「う、うん」


(ひな) 私がいつもそばにいるから、元気出して! 奏多。

(奏多) うん。

(ひな) 今日は絶対いいことが起こるはずだから! 信じて! へへっ。

(奏多) ありがと、ひな。


「…………」


 なるべくその理由について考えないようにしたけど、どうしてひなは俺に優しくしてくれるんだろう。そして、ひなは俺が一番つらい時に、俺のそばにいてくれた。俺は……何も言ってないのに、あの時と同じ笑顔をして、俺のことを慰めてくれた。その理由が分からない。


 いまだに分からない。


「あっ、浮気者じゃん。クズ〜」

「はあ……、いい加減にしろ。斉藤」

「あはははっ、怒った! お前が怒ってどうすんだよ……。お前に、何ができる? 宮内奏多。うみちゃんを傷つけたクズが……、堂々と学校に通ってるのが気に食わないんだよ、俺は」

「だから、ずっといじめがしたいってわけ?」

「そう! あはははっ、頭いいね! お前はうみちゃんの心の傷が治るまで、俺たちと仲良く楽しい学校生活を過ごすんだよ。奏多」


 ただ……、俺をいじめたいだけ。

 そんなクズだったのを知っていたけど、あいにく今の俺にはこの状況をひっくり返す何かを持っていない。クラスメイトたちも、うみも、全部俺のことを「浮気者」だとこそこそ話していたから……。俺一人でどれだけ足掻いても、こいつらが作ったこの雰囲気は絶対変わらない。


 それ以上話すこともないし、すぐ席に着いた。


「…………」


 そして、こっそりうみのS N Sを見たら……知らない誰かと高級レストランで撮った写真をアップロードしていた。その写真には「元カレが浮気してすごく悲しかったけど、もっといい人が私を慰めてくれたよ♡」とコメントを残した。


 どこから突っ込めばいいのか分からない。

 いろんな意味ですごい女だった。北川うみ。

 知らない男とはいえ、多分……あれは斉藤だろ? うみのS N Sには高級レストランで撮った写真だけじゃなく、相手からもらった財布やピアスなど……。高校生が買えない高そうな物がたくさんあった。どうやら俺がバイトをしている間に……、斉藤とみんなの知らないところで楽しんでいたかもしれない。


 そして———。

 いや、もういい。


「はいはい。みんな席に着いて。今日は転校生が来るから、みんな静かに!」

「えっ!? 転校生!」

「転校生ですか!? 女の子ですか!?」

「山田〜。お前は黙れ」


 転校生という言葉にすごく盛り上がっているクラスメイトたち。

 でも、うみはさっきからずっとスマホばかり見ていた。


「入って〜」

「はーい! 初めまして!!! 三木みつきひなです! よろしくお願いしまーす!」


 えっ? ひな……? 今日は用事があるって言ったんじゃ……?

 なぜか、うちの教室にひなが入ってきた。なぜ……? ひなを見て、しばらく頭の中が真っ白になる。


「ううん、三木の席は…………」

「先生!」

「うん?」

「私は奏多の隣に座りたいです! 空いてますか〜?」

「ああ、そうだね。空いてるよ。問題ないよね? 宮内」

「は、はい!」


 思わず、そう答えてしまった。


「よっし、三木は宮内の隣に座って」

「はーい!」


 そして、隣席に座ったひなが笑みを浮かべる。

 なんで、ここにいるんだろう。

 一瞬、夢なのかと思って自分の目を擦った。そんなわけないのにな……。


「よろしく〜。奏多!」

「あっ、う、うん……」


 これは現実なのに……、なぜかこの状況を受け入れられない俺だった。

 てか、うちの制服……を着ている。


「ふふふっ♪」


 まさか、ひなが言ってたいいことって……、これなのか!?

 はあ……!?

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