16 夜中の口付け②

 夜の10時半、俺は今……ひなに「やる?」って言われた。

 その「やる?」の意味は……、もしかして俺が知っているあの意味なのか? じっと俺を見つめているひなと、そんなひなを抱きしめている俺。この空気が……、すごくやばかった。俺は、これからひなと一線を越えるのか? もし「うん」って答えたら、あれをするのか? ひなと———。


 なんで、いきなりそんなことを言うんだろう。

 そして、震えているひなの肩に気づいた。怖いのか……? そのまま目を瞑るひなに、俺は何を言ってあげればいいのか考えていた。でも、俺の前でじっとしているひながすごく照れている。


「…………」


 耳が真っ赤になっていた。

 自分から言っておいて、なんでそんなに照れてるんだろう。

 それに、さっきのキスはなんだ……? どうして、俺にキスをしたんだ……? まずは落ち着こう。


「…………」


 どうしたらいいのか分からなくて、そのままひなの頭を撫でてあげた。


「か、奏多……?」

「うん?」

「や、やらないの……?」

「やらないよ。そんなに怖がってるのに、できるわけないだろ? そもそも、やる気なかったし」

「…………」

「時間も遅いから、早く寝よう。ひな」

「私と一線を越えたら……、? 奏多。つらいこと全部ね」


 体を起こしてあげたら、さりげなく恥ずかしい言葉を言い出すひなだった。

 つらいこと全部って言われたけど、ひなは何も知らないだろ? なんで、そんな顔をしているんだ? まるで、俺のことを全部知っているように。その目がすごく悲しそうに見えた。


「つらいこと……か」

「うみに完全に裏切られたんでしょ? 奏多。学校であったことをどうして私に言ってくれないの?」

「し、知っていたのか?」

「うん」

「じゃあ、なんで……何も言ってくれなかったんだ?」

「奏多も、私に何も言ってくれなかったから……」


 その話に、ふと学校であったことを思い出す。

 そして、急に頭痛を感じた。


「…………はあ」

「奏多……」


 ひなは……、どうしてそれを知っているんだろう。

 同じ学校に通ってないのに、どうして……今日あったことを知っているんだろう。

 そして、うみに完全に裏切られたこともな。


「奏多……、私がいる。すぐそばにはいつも私がいる……。私の温もりと香りを覚えるんだよ…………」


 そう言いながら俺を抱きしめるひなに、悲しくて涙が出てしまった。

 その温もりといい香りにすごく癒されている……。


「ひな…………ありがと。でも、どうして…………。それを……」

「うみの性格を誰よりも……よく知っているから、きっと……八つ当たりすると思っていたよ。振られたからね」

「そうだったのか」

「うみは自分のことをだと思っているから。あんなことをしても全部許されると、そう思っているかもしれない。うみ、人気あるんでしょ? クラスで」

「うん……」

「私たち、双子だから。分かるの」

「そうなんだ……」


 もっと話をしたかったけど、時間も遅いし……。明日、また学校に行かないといけないから寝る準備をする。

 そして、ひながシャワーを浴びる間、俺は素早く自分の寝床を作った。

 今日は何があってもひなをベッドに寝かせて、俺は床で寝る。そう決めたから。


「寒っ! 奏多もシャワー浴びて〜」

「あっ、うん」


 ……


「はあ……」


 学校に行かないといけない現実に、なぜかため息が出る。

 そして、シャワーを浴びた俺は……俺の寝床を片付けるひなに気づいた。

 せっかく、寝床を作ったのに……なぜ?


「ひな? 何してるんだ?」

「ベッドがあるのに、どうしてまた床で寝るの?」

「俺は今日何があっても床で寝るから!」

「私は今日何があっても一緒にベッドで寝るからね!」


 俺たち、なんでこんな時間に声を上げてるんだろう。


「はいはい……。まったく……、子供かよ。ひな」

「子供なんかじゃないよ。ただ……、いや! なんでもない!」

「そう〜?」


 幼い頃にはしょっちゅうこんな風に寝てたけど、今は高校生だろ?

 でも、拗ねた顔で隣席をポンポンと叩くひなには何を言っても無駄だよな。

 相変わらず俺の大きいシャツを着て、俺を呼んでいる。


 そんなことより足は寒くないのか? 下……、ちゃんと履いたのかどうか分からないからさ……。そういうところがダメなんだよ。マジで———。

 ひなは女の子だからもっと自覚してぇ……、このバカ。


「あれ……? ひな、いい匂いするね」

「ひひっ、でしょ〜? 寝香水つけたからね」

「へえ、いい匂いだね」

「つけてあげようか? 寝香水つけるとリラックスできるよ?」

「い、いや……。俺はいい。ひなからいい匂いがするからそれでリラックスできるかも」

「…………エ、エッチ!」

「えっ? な、なんで?」

「冗談〜」

「なんだよ……」


 深夜の0時10分、また同じ布団をかける二人だった。


「奏多……、なんであっち向いてんの?」

「ええ……、緊張するから?」

「こっち見て」

「嫌だ」

「こっち見ないと、脇腹つねるから……」


 すぐひなの方を見る俺だった……。


「よろしい……! ふふふっ」

「まったく……」


 すぐ前にひなの顔がいて、彼女はさりげなく俺に笑ってくれた。

 そして、何気なく……俺に抱きつく。

 なぜだ……? なぜ、当たり前のように俺に抱きつくんだろう。分からない。何がひなをそうさせたのか分からなかった。でも、すごく温かくて、すごくいい匂いがして、ひなから離れない。馬鹿馬鹿しいけど、離れない俺だった。


「ねえ、奏多…………。寝てる?」

「まだ寝てないけど、どうした?」

「ねえ」

「うん」

「うみのことでつらくなったら……、こうやって私を抱きしめてもいいよ。奏多。私はいつでもオッケーだからね」

「い、いや……、それはちょっと」

「やっぱり、奏多は抱きしめることだけじゃ足りないんだ? やる?」

「ちがーう! 変なこと言わないで、早く寝ろ! ひなも明日学校行くんだろ?」

「そうだよね……」


 何を考えているのか全然分からないひなのせいで、すぐ眠れない俺だった。

 まったく、変なことばかり言い出して。バカ。


 ……


「…………奏多、寝てる?」


 深夜の3時、体を起こしたひなが奏多の名前を呼ぶ。

 そして、ぐっすり眠った奏多に微笑むひなだった。


「…………」


 薄暗い部屋の中、周りが静かで奏多の寝息が大きく聞こえる真夜中。

 そっと彼の頬に手を当てるひなが、その唇に再びキスをする。

 そして、固唾を飲んだ。


「奏多……。好き」

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