93 曇りと大雪③

 学校で変な噂が広がっても私は気にしなかった。

 いや、それを気にする余裕がなかったから……、ずっと図書館で一人の時間を過ごすだけだった。ここならクラスメイトたちに変なこと言われないから。そして一緒に帰る二人の後ろ姿を見て、後悔をする日もあったけど、そんなことをしても何も変わらないから「しっかりして」って自分に言い返していた。


 一人で過ごすこの時間に早く慣れないと———。


「あれ? 先輩〜。こんなところで何をしているんですか? 帰らないんですか?」


 その時、私に声をかけてくれたのがりおだった。


「いつも一人ですね、たまには友達と遊んだ方がいいですよ?」

「…………」

「あっ、私菊池りおです! えへっ」

「うん、ありがとう。でも、いいの。友達いないから」


 今は遠いところにいるから、そして私はもう友達なんかいらないから。

 また布団の中でこっそり涙を流していた。理由も分からず、そのまま私たちの間にわけ分からない壁ができてしまった。そして毎日楽しそうな顔で帰ってくるうみを見ると、羨ましくて、羨ましくて……、私もうみみたいになりたかった。


 ずっとうみのことが羨ましかった……。

 どうして私はそうなれないの? 奏多に会いたい。


「先輩〜、何してるんですか? 今日も一人ですね」

「りお…………」

「ちなみに、私にも友達がいません! だから、毎日声をかけています」

「そうなんだ……。どうして友達作らないの? りお」

「一番仲がいい友達と喧嘩をしました。原因は私じゃないんですけど……、どうやら私のせいかもしれません」

「どういうこと……?」

「友達の好きな人が私に告白したんですよ。でも、私は友達があの人に興味を持っていたのを知っていたから断りました。まさか、それが原因になるとは……」

「よくあるね。そういうくだらないことで喧嘩を売る人」

「そうですね。だから、絶交しました。あはははっ」

「よくやった……」


 それから私たちはだんだん仲良くなって、ちょっと重い話もさりげなく相手に話す関係になってしまった。

 どうせ、お互い友達いないから。

 放課後、一緒にカフェに行ったりする。


「そうですか? ええ、そんなことがあったんだ……。でも、どうして本人には聞かないんですか?」

「避けられてるからね。そしてうみにも一言言われたし」

「そんな……。でも、あの二人本当に付き合ってるんですか? 先輩」

「うん。そう言ってたからね」


 うみが私を見る時のその目を……、その目を忘れられなかった。

 それは私のことを否定していたあの頃と同じだったから———。


「ううん……」

「どうしたの?」

「これを言ってもいいのかどうかよく分からなくて」

「いいよ、気にしないで」

「たまに……、言うんですよ。先輩たちが」

「何を?」

「ひな先輩の陰口なんですけど、汚い言葉ばかり吐き出して……。ひな先輩に不満を持っていたような気がしました」

「うん、知っている」

「そしてひな先輩が言ってたあの先輩は宮内先輩ですよね?」

「うん」

「あの先輩……、ひな先輩の陰口をしたタチの先輩たちをその場で殴りました」

「えっ? どうして?」

「どうしてって言われても、私は怖くてすぐ逃げちゃいました……。でも、ちょっと引っかかるっていうか。わざわざそんなことをする必要はないと思いますけど、きっと何か理由があったと思います」


 奏多が……、私の陰口を言った人たちを殴ったってこと? どうして?

 私たちの関係はもう終わったはずなのに、どうしてそんなことをするの? でも、相変わらず二人は仲が良かったから……気のせいだとそう思っていた。りおが話してくれたことか本当なのかどうか確かめる前に心が折れたから、あの時の私は何もしなかった。


 正確には勇気が出なかった。

 傷つくのが怖いから、そこから逃げようとしていたんだ。

 ずっと忘れられなかったくせに……。引き出しの中に修学旅行の写真を入れてこっそりそれを見ていたくせに……。写真立ての中に破った二人の写真を入れて、大事にしていたくせに……。


「…………」


 私はずっと悩んでいた。

 でも、高校生になった奏多は一人で都会に行ってしまった。私に何も言わず、一人で都会に行ってしまった。そして二度と会えないかもしれないから……、その話を聞いた後、すぐ奏多に連絡をした。


 なぜか、出ない。

 何度も電話をかけたけど、出ない。出なかった。


「…………」


 そして……、お父さんとお母さんが離婚した。

 お父さんはお母さんとの生活にずっと不満を持っていたから、いつかはこうなるかもしれないと思っていたけど、本当に離婚したんだ。そしてお父さんは一度も私を見てくれなかった。


 私がうみと違って明るい女の子じゃないからか。

 お父さんはうみと一緒に都会に行ってしまった。


 そしてもう我慢できなくなった私は、自ら奏多を探すことにした。

 お母さんと奏多のお母さんは友達だったから、私はお母さんに頼んだ。


 都会に行きたいって。

 時間がちょっとかかっちゃったけどね。


(りお) 言いたいことははっきり言わないと! 後悔をするのはそれを言った後です! 待ってますから! 先輩!

(ひな) うん。ありがとう、りお。


 ……


 もし、私が最後まで奏多を探さなかったら……。

 私たちは永遠に会えなかったかもしれない。


「奏多」

「うん」

「奏多」

「うん」

「奏多」

「なんだよぉ……。ひな」

「ずっとここにいてね」

「当たり前だろ?」

「うん」


 やっぱり……、私の居場所はここ。

 だから……、もういいよ。


「そういえば、私……お腹すいた」

「マジかよ、ダメだ。今食べると太るから! ダメ! 早く寝ろ!」

「ひん……」


 奏多に怒られちゃった……。

 そのまま奏多にキスをする。


「もう……、ひなぁ」

「ひひっ♡」

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