92 曇りと大雪②

 どうして……? どうして……? どうしてそうなるの?

 どれだけ考えても私にはよく分からないことだった……。奏多がそう簡単に私を捨てるなんて、この前までいい雰囲気だったのに……。ちょっと風邪をひいただけでそうなってしまうのはおかしいよ。


 本当におかしい。

 でも、私にはそれを確かめる方法がなかった……。奏多はもう私と一緒にいてくれない。ほとんどの時間をうみと過ごしていて、私はそんな二人を遠いところで見つめるしかなかった。


「あ、そうだ。念の為、言っておくけど、奏多くんにはもう連絡しないで。いくら幼馴染だとしてもそれは迷惑だから」

「う、うん……」

「そしてジロジロ私たちの方を見ないで、気持ち悪いから……。まさか、知らないと思ってたの?」

「…………」


 二人が付き合い始めてから、うみは私のことをずっと見下していた。

 そしてあの二人は私が憧れていた楽しい学校生活を過ごして、たくさんの人たちと仲良くなって、毎日がすごく楽しそうに見えた。私もそうなりたかったから、ずっとそばにいてくれると思っていたから……、虚しいよ。すごく虚しい。


 声をかけるのもできない。

 声をかけてくれない。


「あはははっ、奏多くんは面白いね〜」

「そうかな」


 廊下を歩くとうみと楽しそうに話している奏多が見えてくる。

 体をくっつけて、腕を抱きしめて、本当に羨ましかった……。

 私もそこにいたいのに、奏多のそばにいたいのに———。


 数ヶ月間、私は現実を否定していた。

 そしていつか私のところに戻ってくるかもしれないってそんな馬鹿馬鹿しいことを考えながら、自分を慰めていた。そんなことできるわけないって知ってるのに、壊れてしまいそうだからずっとその言葉を自分に言い返していた。


 時間がどれくらい経ったのか分からない。

 私には一日が一週間のように感じられたから……。だから、もう我慢できない。そこで私が思いついたのは、奏多の友達に奏多に何があったのか聞いてみること。直接奏多に声をかけたらきっとうみに一言言われるし……、そして学校にいる時はいつもくっついていたから無理だった。


「ねえ、田中くん———」

「うん? 北川じゃん。どうした?」

「あの……、奏多と仲良いよね? ちょっと聞きたいことがあるけど———」

「ああ———」


 ……

 ……


 奏多と仲がいい人、あるいは奏多とよく話していた人。

 私はあの人たちにずっと声をかけていた。

 でも、みんな奏多がなぜそうなったのかは分からないってそう答えてくれた。たくさんの人たちにそれを聞いてみたけど、結局私の努力は無駄だった。そして、そのタイミングでなぜか私に告白をする同級生や先輩たち。私は全部断った……。今は恋愛とか興味ないから———。


 全部断ったけど、その中にしつこく私に付きまとう先輩がいて困っていた。

 しょっちゅううちのクラスに来たり、廊下で声をかけたりして、周りの視線がすごく怖く感じられる。


「もうやめてください! 私は……、恋人とか興味ないんです」

「ええ、どうして? 可愛いじゃん。俺、北川のこと好きだよ?」

「私は興味ないです! もう話しかけないでください!」

「…………」


 いちいち……、面倒臭い。もう私のこと……ほっておいてよ。


「へえ……、こいつか? あいつが好きだった後輩って」

「…………」


 その結果、なぜかよく知らない先輩たちに呼び出されて、人けのないところで責められるようになった。私は何もしてない。何もしてないから、何もしてないって答えるしかない……。でも、先輩たちはそれが気に入らなかったみたいだ。


 どうやら私にしつこく付き纏ってた人の中に、あの先輩の好きな人がいたかもしれない。なら、今の話はただの八つ当たり……。自分の好きな人が私に告白をして断られたから、それがすごく嫌だったってこと———。


 でも、当時の私はそんなこと気にしたくなかった。

 そんなことはどうでもいいと思っていた。

 私は何もしてないけど、あの人たちは先輩だから、先輩にその態度はなんだよって指摘されて殴られる。最初から私のこと、気に入らなかったよね。そうなると思っていたから、抵抗はしなかった。


 思いっきり殴ると私のことを忘れるかもしれないから。

 地面に倒れて先輩たちに蹴られていた。


「これは全部お前のせいだぞ? ちょっと可愛いからって調子に乗るなよ!」

「……っ!」

「私も蹴ってみた〜い。あははっ」

「…………っ……」

「ほどほどにしておけよ、死ぬかもしれないから」

「そう言ってるくせにあんたもさっきから思いっきり踏んでるんじゃない」

「あはははっ、最近ストレスが溜まってね」

「あはははっ」


 すごく痛かったけど、声が出て来なかった。

 何もできず、その場でずっと殴られていた。


「あの———っ!」


 その時、曲がり角から奏多の声が聞こえてきた。

 ほんの少し奏多と目が合ったような気がして、すごく嬉しかった……。すごく嬉しくて、涙しか出なかった。すぐ目の前にいるのに……、遠いよ。遠い、奏多……。そこに行けないよ、私は……行けない。


 でも、すぐ奏多の友達が来てその場を立ち去った。


「…………」

「あ、つまんない。教室に戻ろう〜」

「戻ろう〜」


 結局、何もなかった……。

 その後……、校内に私の噂が広がっていた。それは全部嘘だったけど、それを否定する力はもう残っていなかった。どうなってもいいよ。私がたくさんの男たちに媚びを売って、そうやって……、〇ッチ扱いをされても……、奏多がいない世界だから意味ないとそう思っていた。だから、諦めた。


 すべてを———。

 もういい。


 本当に、もういい……。

 ずっとクラスの隅っこで、私は奏多にもらったハンカチを握っていた。

 それだけ、私にできるのはそれだけだった。

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