5 不都合な真実③

 ちゃんと食べているのに、自分が何を食べているのかも知っているのに、どんな味もしなかった……。ひなに「食べながら話をしよう」と言われても、その話題はうみに決まっているから俺の方から先に言いたくなかった。


 その不都合な真実が嫌いだったから———。


「…………」


 そして、ひなに聞きたいことがたくさんあったけど、あいにくそれを聞く準備ができていなかった。

 そのままじっと目の前にあるハンバーグを見つめるだけ、何もできなかった。


「知りたくなかった? 奏多」

「…………」

「ごめんね……。こんなことを見せちゃって…………」

「いいよ。ひなには……、むしろ感謝している」

「…………」


 情けない俺に真実を教えてくれたから、ひなを責めるなんてできない。

 そして、それからずっと目を逸らしていたのも俺が意地を張ってただけだから。いつか受け入れるべき真実だった。

 いや、ハグをしている時点で……すでに受け入れるべき真実だった。


「最初は……奏多も知ってるのかなと探りを入れてみたけど、奏多……すごく慌てていたからね。その顔を見れば分かる。私も悩んでいたよ、それを教えてあげた方がいいのか、奏多が気づくまで黙っていた方がいいのか……。でも、その表情はどう見ても浮気に気づいている表情だったよ。奏多はずっと否定しようとしていたけどね」

「全部バレたのか……?」

「私たち、幼馴染でしょ? 知らない方がむしろおかしいと思う……」

「ありがと、ひな。やっぱり、ひなは優しいね……」


 そう言いながら、さりげなくひなの頭を撫でてあげた。


「あっ、ご、ごめん。つい……」

「癖が出ちゃったね」

「うん…………。あのさ、ひな……。俺、ひなに聞きたいことがあるけど……」

「うん」

「うみは確実に浮気をしたよな?」

「そう」

「でも、どうして……俺と別れようとしないんだろう? 普通、浮気をしたらあの人と付き合ったりするんじゃないのか……? 分からない。俺のことをつまらないと言いつつ、別れない理由を……」

「わ、私にもよく分からない……。なぜ、うみがそんなことをしたのか一人で考えてみたけど……やっぱり分からない。ご、ごめんね……」


 なぜか、声が震えていた。


「いや、いいよ……」


 だよな……。俺も普段うみが何を考えているのか全然分からないし、今までずっと合わせてあげるだけだったからさ。

 そして、カズマって言ったよな。うみの浮気相手。

 どこかで聞いたことある名前だけど、どこなのか忘れてしまった。でも、同じ学校の人だった気がする。カズマ……、カズマ…………。やっぱり思い出せない、冬休みが終わった後……如月に聞いてみようか。


 あの如月なら分かりそう。


「それで……、奏多はこれからどうしたい?」

「えっ? 俺?」

「そう。うみの浮気に気づいた今……奏多にはすぐ別れるのか、あるいは復讐をするのか二つの選択肢がある。それを聞いてるの」

「復讐か……、どうかな。俺は……うみに捨てられたのに、そんなうみにどんな復讐ができるんだろう。今更だけど、俺たち本当に付き合ってたのかよく分からないな」

「どういうこと?」

「俺たちが付き合ってるのは同じクラスの如月しか知らないよ。うみが内緒にしたいって言ってたからさ」

「…………何それ?」

「分からない……。俺はずっとうみに合わせてきたからさ」


 同じクラスでいつも話をしてるけど、俺たちが付き合ってるのは誰も知らない。

 もちろん……、「俺たち、付き合ってる」ってみんなに話したいわけじゃないけど、さっきの二人を見て……内緒の意味を少し分かってしまったような気がする。


 いつからあんなことをやってきたのか、俺には分からない。

 それに気づいたのはクリスマスのイブだったから。でも、あのうみなら……ずっと前からあんなことをやっていたかもしれない。先……、後ろから聞こえた二人の会話。それはどう考えても普通の関係じゃなかった。


「やっぱり……、別れるしかないな」


 俺らしくないことを言い出した。


「うん……。私も別れた方がいいと思う」


 二人の浮気現場をこの目で確かめた後、俺たちは食事を終えた。

 そして、お店の前でひなを待つ。


「待たせてごめんね」

「いいよ、駅まで送ってあげるから。行こう」

「あ、あのね……。奏多」

「どうした?」


 袖を掴むひなが、何も言わずじっと俺を見ていた。

 どうしたんだろう。


「今日……、泊めてくれない……?」

「うん? でも……、ひな引っ越してきたって言ったじゃん。家に帰らないの?」

「ひ、引っ越してきたばかりだから掃除も全然できてないし……、荷物の片付けも全然できてないし…………。だから……」

「そういうことか、いいよ。でも、うち寒いから……」

「き、気にしない……! 奏多が温めてくれると……、温かくなると思う!」

「先に言っておくけど……、俺は絶対そんなことしないから」

「…………」


 すると、白い息を吐くひなが冷えた自分の手を擦っていた。

 やっぱり、寒いんだよな。


「…………うぅ」


 それに、さっきからじっと俺の方を見てるような気がするけどぉ…………。


「コンビニでカイロ買ってくるから……。ここで待ってて」

「か、奏多!」

「うん?」

「手を……繋ぐのはダメかな? 奏多、昔はよく私の手を握ってくれたじゃん」

「…………」


 まあ、確かにそっちの方がもっと効率的だと思うけど……。俺は……彼女以外の女の子と手を繋いでもいいのか? しかも……、その相手は双子の妹……。とはいえ、今の俺はうみに裏切られたからいいか。


「手……! 奏多」


 差し出したその手を握りたい。

 その相手がひなって知っていても、うみに裏切られた俺に選択肢はなかった。

 少しだけでもいいから楽になりたかった。


「…………」


 だから———。


「へへっ……、温かい」

「ひなは子供みたいだね」

「もう子供じゃないよ? 私も成長して高校生になったから! 可愛い女子高生になったよ? バカ奏多」

「ええ…………、それを自分の口で?」

「ふふっ、いいじゃん。私、やっと奏多がいる都会に来た!」

「そんなに嬉しいか?」

「うん! すっごく!」


 あの時と同じ笑顔をして、雪が積もった道を歩く。

 そして、ひなは繋いだこの手を家に着くまで離してくれなかった。

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