6 夜と憂鬱
「待って、ひな」
「うん?」
「頭に雪ついてるよ」
「あ、ありがと……。ひひっ」
うみのことはなるべく忘れようとしていた。
そして、あのファミレスであったこのも全部忘れようとしていた。だけど、ひなのその可愛い笑顔を見るたびに……俺は思い出してしまう。俺に笑ってくれたうみの笑顔を……。それがずっと俺を苦しめていた。
双子は……やばいな。
「ねえ、私……。お、お風呂入りたいけど、服貸して…………く、くれない?」
「いいよ。でも、俺の服サイズ合わないと思うけど……。一応、用意しておくから先に入ってて」
「あ、ありがと……」
やっと……一人になった。
そして、うみからはずっと連絡がない。やっぱり……、あいつとホテルで———。いや、もういい。うみから連絡が来ないってことはすでに俺のことを捨てたってことだ。どこで何をしても俺とは関係ない。好きにしろ……! 俺の一年をドブに捨てても構わない……、俺は知らない男とホテルに行くうみと別れるんだ。
それだけだ。
そう決めた。
……
「はぁ……、気持ちいい。でも、寒っ…………」
「布団の中に入って、風邪ひくかもしれないからぁ———。なんで、ズボン掴んでるの? ひな」
「サ、サイズが合わなくて……こうやって掴まないと落ちちゃうから……」
「あっ、ごめん……」
確かに154センチのひなには大きいかもしれないな。
そんなことより、うちに泊まる女の子はひなが初めてで……なぜか緊張している。
俺たちは幼馴染だから、家に泊めてあげても別に構わないと思っていた。でも、実際お風呂上がりのひなを見るとすぐ恥ずかしくなる。ほんの少し、間違った選択をしたとそう思った。
やばすぎる。
「奏多のベッド……!」
あの時と違って今は二人とも高校生だから、当たり前のことか。
てか、また萌え袖になってるし……。両手でズボンを掴んでいるひなに謎の罪悪感を感じる俺だった。そして……、中学生の時よりもっと可愛くなったな。素顔も可愛いし、相変わらず完璧という言葉がよく似合う女の子だった。
俺は……、幼い頃からずっとそんなひなに救われている。
「奏多も早く来てよ……! 床は寒いんでしょ?」
「じょ、冗談だよな……?」
「うん……? 何が?」
「俺のベッドそんなに広くないし。いや、そんなことより……女の子のそばで寝られるわけないだろ?」
「ダメ……? もしかして、奏多は……私を見て興奮したりするの?」
「ちげぇよ……! そんなことするわけねぇだろ? い、いいから! 今日は一人で寝ろ!」
「ひん……。昔はしょっちゅうくっついてたのにぃ……」
「そんなこと言っても、そっち行かないからな! 俺は床で寝る!」
「えーん……」
……
ひなのそばに行かなくても、どうせうみのことで寝られない俺だった。
バカみたい。
「…………はあ」
明日……、俺はうみに連絡をして別れを告げる。
それをずっと自分に言い返した。
でも、今更……うみと過ごしてきた時間を思い出す理由はなんだ……? なぜ、そんなくだらない記憶を今思い出すんだろう。別れるって決めただろ? うみに言われたことを思い出せ! ファミレスであの男と話したことを思い出せ! いい思い出はすでに過去になっている。
過去の……ことだ。
そして、涙が出る。ひなの前でずっと我慢していたからか……? でも、ずっと好きだった人にあんなことを言われて、耐えられる人は多分いないと思う。俺……つまらなかったんだ。初めてできた彼女だから……、俺なりに頑張ってみたけど、やっぱりあいつみたいな男にならないといけないのか……。
お金持ちで、イケメンの陽キャ。
うみはそんな男が好きだったんだ。
「だから、一緒に寝ようって言ったのに……。バカ。なんで、一人で泣いてるの?」
「……っ! ひっ、ひな?!」
いつ……、後ろに来たんだろう。全然気づいていなかった。
それに……、なぜ後ろから俺を抱きしめるんだろう。何……? これはどういう状況? こういうの初めてで、声が出てこないほどすごく慌てていた。いくら幼馴染だとしても……、この距離感はやばくないのか? 俺……、今女の子に抱きしめられてるけど、大丈夫かな。
どうしよう、全然分からない。
「泣かないで……、奏多」
「ひな。なんで、起きてるんだよぉ……」
「奏多は弱いくせにいつも強がってるからね、そしていつも私にバレるんでしょ? そのパターンにはもう慣れてるよ。もしかして、ずっと我慢してたのを……私が知らないとでも思ってたの……?」
「あっ……。いや……」
「いいよ。奏多はずっと……うみのことが好きだったから、その気持ちを分からないとは言わない。今は……このままでいよう」
後ろからひなのいい匂いがする。
そして、ずっと……俺の体を抱きしめている。
「…………」
俺も……泣きたくなかったけど、その温もりにまた涙を流してしまった。
優しすぎるひなとひなと過ごしてきた時間を思い出して、俺もこの状況でどうしたらいいのか分からなかった。どうして、ひなは自分が振った人にこんなに優しくしてくれるんだろう。どれだけ考えても俺には分からなかった。
「起きて……、奏多」
「え、えっ?」
「ベッドに行こう、床……冷たいから」
そう言いながらぎゅっと俺の手を握る。
「分かった……」
そのまま繋いだ手を引っ張るひな……、ちょっとだけならいいかな?
ひなの方からそう言ってくたから、いいよな。
もう何も考えたくなかった。
「私が……慰めてあげるから、そんな顔しないで。奏多」
「ひな……。ひな…………」
「うん、奏多」
「ありがと…………。ありがと…………」
「私、奏多のことまたぎゅっとしていい?」
「きょ、今日だけだから……。ひな」
「うん…………。でもね、私はいつでもオッケーだから、抱きしめたい時はさりげなく抱きしめてもいいよ? 奏多」
「なんで、そんなことを言うんだ? ひな…………」
「私は…………ずっと奏多の味方だから」
「うん、ありがと……。おやすみ、ひな」
「おやすみ……。奏多」
そう言いながら布団の中でくっつく二人。
もちろん……、ひながそばにいても、俺のことを抱きしめてくれても、俺はすぐ寝られなかった。でも、その温もりに……。少しだけ、ほんの少しだけ……、ひなと過ごしたあの時の夢を見たような気がする。何をしても楽しかった頃の二人……、そこで俺たちはずっと笑っていた。
心配することは何もなかった。
「奏多……、奏多…………」
深夜の2時半。
ぎゅっと、奏多を抱きしめるひながこっそり彼の名前を呼んでいた。
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