53 眠れない夜
お風呂に入った後、居間でしばらくひなとお茶を飲んでいた。
そして、当たり前のように俺にくっつく。
静かな家の中……。テレビをつけたけど、ずっと緊張していて下を向いていた。だらしないひなのせいで頭の中からあれが消えない。しかも、すぐそばからめっちゃいい匂いがして、顔がだんだん熱くなっていた。
まったく……、無防備すぎる。
「…………今日、楽しかった」
「そうだね。俺も楽しかった」
「ふふっ」
笑みを浮かべながら、そっと手を重ねるひな。
「私ね……。実は……お腹にできたあざを見るのが怖くて、奏多が言う前まであまり気にしていなかったの」
「そ、そうか……?」
「でも、お風呂に入るとすぐあざが見えちゃうから。すごく怖かった。あの人はもういないけど、それでもね———。そして、中学生の頃に……。私いじめられたから、それをいまだに忘れられなくて、奏多がそばにいてくれないとすぐ不安になるの。ごめん」
そのいじめは、もしかしてあの時のあれか……。
「なんで、すぐ言わなかったんだ……?」
「言いたかったけど、迷惑……かけたくなかったからね」
「一人で我慢しなくてもいいよ。俺、すぐひなのところに行くからさ。寂しい時はすぐ連絡して、バス乗れないならタクシーでも乗るから」
「いいの?」
「当たり前だろ? 俺、ひなの幼馴染だから」
全然気づいていなかった。
そうだよな。ひなはあのクズに殴られたから、それをそう簡単に忘れられるわけないよな。ひなは俺の前で笑っていたけど、なぜかその顔が少し悲しく見えた。もしかして、ずっと我慢していたのか? 学校にいる時はテンションが高かったから、知らなかった……。
そして、さりげなくひなの頭を撫でる。
「ひひっ……」
「電話もしてもいいし、ラ〇ンしてもいいからさ。いつでもね」
「やっぱり、奏多がいる世界はいいね〜。田舎にいた時は……毎日が長く感じられたけど、奏多と一緒にいると時間があっという間に過ぎてしまう。本当に不思議!」
「なんだよ……。それ」
「ふふふっ」
「…………」
それを聞くなら今だよな……? 今だと思うけど……、なぜか聞けない。
やばい、あの時の顔がオーバーラップしてきた。
「ごめん…………」
思わず、そう呟く。
「奏多?」
「えっ? あっ、ひな……」
「いきなり、重い話をしてごめんね。せっかくうちに来たのに……」
「いや、俺こそ。ごめん……」
「どうして、奏多が謝るの……?」
「あっ、う、うん……。何でもない!」
その「ごめん」の意味を気づいてほしかったけど……、ある意味で気づかないでほしかった。
結局、口に出せないまま俺の手首を掴んだひなと寝る準備をする。
そして、部屋に入る前、何気なく後ろからひなの体を抱きしめた。
「か、か、か……、奏多!? ど、どうしたの? いきなり……」
「な、なんか……、ちょっとだけ抱きしめたいっていうか……。ダメかな……?」
「ううん……、いいよ。奏多に抱きしめられるの嫌じゃないから……」
「うん……」
しばらくの間、二人の間に静寂が流れた。
「あっ、ごめん……。は、早く寝よう。ひな」
「ひひっ、うん!」
「今日は脱ぐなよ……。朝起きた時にびっくりするから、勘弁して……」
「じゃあ、奏多も一緒に脱がない?」
「んなことできるわけないだろ?」
「ひん……」
「そんな可哀想な顔をしても俺はひなの前で脱ぎません〜」
「チッ、脱がなくてもいいよ! 奏多が寝た後、脱がすから〜」
「ちょっと待ってください。ひなさん、今さらっとやばいことを言い出したような気がしますけど?」
「ここは私のお城! 私の命令に従え! 奏多!」
「はいはいはい。早く寝ましょう〜」
「む、無視されたぁ!」
本当に可愛いけど、少しは俺の立場も理解してほしいな。
ひなは自分がどれだけエロいのか、まだ分かっていない。
俺たちの関係は中学2年生の時に壊れてしまったけど……、今のひなは小学生の頃と一緒だった。成長したのは体だけって気がする。
なぜだろう。
……
「…………」
ひなの……、あの話を聞いたからか? なぜか眠れない。
ベッドから体を起こして、さりげなくひなの横髪を耳にかけてあげた。
その可愛い寝顔を見つめながら、こっそりひなの手を握る。ひなは……、どうして俺みたいなやつに優しくしてくれるんだろう。そして、この面倒臭い性格……俺もどうにかしたいけど、それが上手くできない。長い時間をこんな感じで生きてきたからさ、実は俺もこんな俺が嫌いだ。
ふと、うみの顔を思い出す。なぜ、こんな時に……。
「ううん……。奏多ぁ、そばにいる……?」
「あっ、ひな。起きたのか?」
「いなくなったような気がしてね……」
「うん。ここにいるよ。起こしてごめん」
「ううん……」
体を起こして、さりげなく俺に寄りかかるひな。
やばい。寝かせるつもりだったけど……、完全に起こしてしまった。
「どうしたの? 顔色悪いね。奏多」
「いや、ちょっと……思い出してくないことを思い出しちゃったっていうか」
「そうなんだ……」
すると、両手で俺の頬を触るひな。目が合った。
「私は奏多と過ごすこの時間が好きだから……、もっともっと二人っきりの時間を過ごしたい」
「そうか……」
「そして、うみのことは忘れた方がいい。今はね」
「あ、あのさ。俺なりにちょっと考えてみたけど……、うみはこのままずっと無視した方がいいと思う」
「どうして、そう思ったの?」
「うみに物理的な復讐は意味ないから。ひなの話通り、俺たちは俺たちの楽しい学校生活を過ごせばいいと思う。今のうみには何も残ってないし……、如月も自分の過ちをちゃんと反省したからさ」
「そう……。物理的な復讐は意味ない。うみは……、自分がやってきたことをちゃんと振り返る必要がある。そして、少しずつ当たり前だと思っていたことを失うの」
「同じことを……、考えていたんだ」
「それもあるけど、あの人のことはなるべく無視したい。私がここに来た理由は、奏多と一緒にいたいからだよ」
「うん……」
「大丈夫……、奏多には私がいる。そして、私には奏多がいる」
「うん」
あの日の夜はずっと眠れなかった。
だから、そばにいるひなが眠るまでぎゅっとその手を握ってあげた。
小さくて、温かいひなの手。
そして、こっそりひなのひたいにキスをする。
「ありがとう……、ひな」
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