11 引きこもり③

 夜の11時半、眠れない私はこっそり奏多の頭を撫でてあげた。

 すると、わけ分からない寝言を言う奏多に思わず笑いが出てしまう。幼い頃にはすぐそばで頬をつついたり、さりげなく体に乗っかったりして、楽しい時間を過ごしていたのに、今の奏多は……変わってしまった。


 目の前にいるのはあの時の優しい奏多だけど、少し違う……。

 自信がなくなったっていうか、今の距離感は……幼馴染の私にとても苦手だった。

 どうして、うみなんかと付き合ったの? どうして、ずっと私を避けてたの? どうして、都会に行っちゃったの? どうして、どうして、どうして———。聞きたいことは山ほどあるのに、それがトラウマになって……口に出すのができなかった。


 そして、うみと別れたのはいいけど……。あの人、裏で何を企んでいるのか分からないから、それが不安だった。あの偉そうな言い方、いつも相手を見下しているような目線。双子なのにこんなに違うのかと思ってしまうほど……、私の姉は性格がとても悪い。


 一緒に過ごした時間があるのに、その性格に気づいたのは引っ越す前……偶然都会でうみと出会った日だった———。

 あの時のことはいまだに忘れられない。

 うみはもう私が知っているうみではなかった。


「…………」


 そんなことより私は眠れないのに、どうして一人だけぐっすり寝てるんだよ。

 でも、その寝顔はあの時……私がそばで見た寝顔と同じだった。

 高校生になってもあのバカみたいな寝顔は全然変わってない。さりげなくその頬をつついたら「ううん……やめてぇ」と可愛い声を出す奏多。やっぱり……、都会に来てよかった。


 ずっと迷っていたけど、どれだけ考えても私の居場所は……ここだから。

 その時、お母さんから電話が来る。


「もしもし……? お母さん?」

「あら、起きてたの?」

「うん……」

「仕事が忙しくてごめんね。都会の生活には慣れたの? ひな」

「ううん……。引っ越してきたばかりだからまだ慣れてない。人も多いし、高い建物も多いし———」


 そう言いながらこっそり奏多の手を握った。

 寝耳が鈍い奏多は私がこんなことをしても起きないから、そのままお母さんとの電話を続ける。


 そして、綺麗な月が見える夜空を一人で眺めていた。


「一人でうまくやっていけそう?」

「うん……。私、頑張るから」

「荷物の片付け、まだでしょ?」

「……そ、それは」

「そういうのは早めに終わらせた方がいいよ。お母さんも時間があればすぐひなのところに行くけど、最近仕事で忙しいからね」

「いいよ。そして、今は一人じゃないから大丈夫!」

「ひな、友達と一緒にいるの?」

「うん。今……、奏多の家……」

「そっか……。でも、ひなは幼い頃からずっと甘えん坊だったから……、奏多に負担をかけないようにね」

「わ、私も高校生だから……。もうあんなことしないよ」

「高校生になってもお母さんにはずっとあの時のままだよ? 確かに、幼稚園に通っていた頃には奏多がひなに甘えてたけど、小学生になったらなぜか逆になってて面白かった。奏多にすっごく甘えてたからね、ひな。いまだに覚えている」

「知らない……」


 そんなに甘えたことないのに……、ちょっとくっついただけでお母さんあんな風に言うから。でも、少しだけ楽しかったあの時のことを思い出した。私はこうやっていつも奏多のそばにいたから———。


 懐かしい。


「ふふっ。こんな時間に電話をかけてごめんね、今しか時間がなくて……」

「ううん……。お母さんは幼い頃から忙しかったし、もう慣れたよ」

「ごめんね……」

「ううん……。私はいつもお母さんのこと応援してるから、そんなこと言わないで。お母さんのおかげで再び奏多と出会ったから、本当にありがと…………」

「やっぱり、ひなしかいない! お母さん、明日も頑張るから! また連絡するね」

「うん!」


 電話を切って、じっと奏多の方を見ていた。

 そして、お母さんに言われたことを思い出す。「すっごく甘えてたから」って、私そんなに甘えたことないのにね。それに奏多も「いいよ」って言ってたし、ちょっとくっついてただけだし、すぐ隣に奏多の家があったから仕方がないんでしょ? お母さんは何も知らないくせに、いつも私のことばかりからかってる。


 私ももう高校生だから……、あんな子供みたいなことはしないよ。


「…………」


 そばでぶつぶつ呟いていた私は、さりげなく奏多の懐に入り込む。

 冬だし……、寒い天気には風邪ひくかもしれないから、体を温めないといけない。

 そう、注意すべき! 奏多にもそう言われたから。


「…………」


 そして、目を閉じると……あの時の記憶が思い浮かぶ。


「奏多! おそーい!」

「うっ……! いきなり抱きつくのやめてぇ…………」

「今日も一緒にアニメ観よう! 奏多!」

「おっ! いいね!」


 幼い頃、私はほとんどの時間を奏多と一緒に過ごしていた。

 しょっちゅう外で友達と遊ぶうみと違って、私はいつも家で奏多が来るのを待っていた。奏多もそれを知っているから、すぐうちに来てくれる。

 いつの間にか癖になっていた。


「ねえ、奏多」

「うん?」

「奏多はケイちゃんと私、どっちが好き……?」

「い、いきなり?」

「早く〜」


 そして、毎回馬鹿馬鹿しいことを聞いていた。

 多分……当時の私はアニメのキャラに負けたくなかったから、そんなことを聞いたかもしれない。


「好きなのは……」

「好きなのは……?」

「ひなだよ?」

「奏多、好き!!!」


 当たり前のように私の名前を言ってくれるから……、それが好きすぎて……ぎゅっと奏多を抱きしめる。

 私は奏多の「好き」が好きだった。

 それが私の唯一の楽しみだったから。


「…………」


 甘えん坊……かな? 分からない。

 ただ……、こうするのが好きだから。私は…………。


「温かい……」


 もう何も考えたくない。

 こうやって一緒にいられるだけで十分……、この時間を大切にしよう。


「おやすみぃ……、奏多」


 強い風の音が聞こえる真夜中……奏多がそばにいてくれて、全然寂しくなかった。

 うちで寝る時と全然違う。

 そのまま奏多の体をぎゅっと抱きしめる。くっつくの好き、離れたくない———。

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