55 私のヒーロー②

「うみはまだか……? 時間も遅いのにな」

「うみは……いつも友達と夜遅くまで遊んでるからね。でも、夕飯の時間まで帰ってこないなんて……」

「どうせ、友達の家で遊んでるはずだから先にお風呂入ろう。ひな」

「うん!」


 うみは暗い私と違ってクラスの人気者だから、いつも外でクラスメイトたちと遊んでいた。みんなと夜遅くまで何をするのか分からないけど、いつも楽しそうな顔をして家に帰ってきた。うみは可愛くて積極的な女の子だから……、私はそんなうみが私のお姉ちゃんでよかったとそう思っていた。


 私も……、いつかそうなりたい。

 うみみたいな……積極的で可愛い女の子になりたい。

 そして私のことを好きになってほしい……、奏多。まだ……早いと思うけど。それでも、いつかそうなりたかった。


「か、奏多……」

「うん? どうした? ひな。脱がないの?」

「スカートのファスナーが壊れたよぉ……」

「ああ、それよくあることだね。ちょっと待って……」

「よくあることなの?」

「うん、俺もたまにこんな風になるからさ。壊れてないから心配しないで」

「うん……! ありがと!」


 奏多は本当にすごい人だった。

 学校にいる時も家にいる時も、私が困っているならいつもこうやって、あっという間に解決してくれる……。

 私は、私のことを大切にしてくれる奏多が本当に好きだった。


 その横顔を見るだけで、ドキドキしちゃう。

 でも、自信がなかった。


 ……


「はあ……、お風呂はいいね〜」

「いいね〜」

「人生……、やっぱり難しい」

「奏多……、私たちまだ小学生だよ?」

「…………お母さんが見ていたドラマに、こんなセリフがあって。なんか、カッコよくてね。言ってみたかった」

「ふふふっ、そうなんだ」


 この時間がすっごく好き。

 そして奏多が私の幼馴染だったから、私はこの世の誰よりも恵まれたと思う。

 私はみんなが持っているスマホとか、ゲーム機とか、ぬいぐるみとか、全部いらない。すぐそばに奏多がいてくれるだけで十分だった。


 それだけだった。


「奏多……!」

「うん?」

「奏多の方に行ってもいい?」

「えっ? いいけど」

「ふふっ」


 恥ずかしくて口に出せないことだけど、後ろから奏多に抱きしめられているようなこの姿勢がすごく好きだった。だから、お風呂に入った時はいつもこうやって奏多とくっつく。


 お父さんとお母さんはいつも仕事で忙しいし、うみは友達と外で遊んでいるからほとんどの時間を奏多と過ごしていた。髪も洗ってくれるし、背中も流してくれるし、私も……奏多に甘えたくないけど、奏多がそばにいるとなぜか甘えん坊になってしまう。それは私にもよく分からないことだった。


「夕飯、早く食べないといけないからそろそろ出ようか?」

「うん……!」


 そして当たり前のように私の髪の毛を乾かしてくれるのも好き……。


「ごめんね、奏多……。髪長くて、時間かかるよね?」

「うん? 別に? 俺……、ひなの長い髪の毛が好きだからさ。気にするなよ」

「…………」


 その一言がすっごく嬉しくて思わず足をバタバタしていた。


「あっ、う、動かないで……。ひな」

「ご、ごめんなさい……」


 ……


「ただいま……」

「あっ、うみ。やっと帰ってきたのかよ」

「ごめんごめん〜。今日は友達の家でみんなとゲームをしたからね」

「まったく、ひなとずっと待ってたぞ?」

「ごめんね、二人とも〜」


 やっと一緒に夕飯が食べられる……。

 先に食べてもいいけど、そうなると後で帰ってきたうみが一人で食べないといけないから奏多と我慢していた。

 やっぱり、ご飯は3人で食べる時が一番美味しい———。


「あっ、そっち座っていい?」

「えっ? あっ、うん」


 えっ?

 そしてうみがさりげなく奏多の隣席に座った。


「ひな? どうしたの? 早く食べて」

「あっ、うん。うみ……」


 そこ……、私の席……。奏多のそばにはいつも私が座っていたのに…………。

 とはいえ、それを口に出すのはできなかった。

 まるで、私が奏多を独り占めしているような気がして……、そんなことじゃないのにね。でも、どうしてうみが奏多のそばに座ってるだけでこんなに苦しいのか分からなかった。


「…………」


 そこ……、座りたい。


「ひな? どうした? 具合悪いのか?」

「ううん……! な、なんでもない!」

「奏多くん。あーん」

「えっ? い、いいよ! うみ。自分で食べるから」

「ええ〜。いいじゃん。これ最近うちのクラスで流行ってるから〜」

「えっ? 本当に?」

「そうよ〜? 今日もクラスの女の子たちにあーんしてあげたから」

「意味わかんない……」

「早く〜」

「ええ……、恥ずかしいからやめとく」

「むっ!」

「分かった。分かった……。あーん!」

「ふふふっ、よしよし〜」


 そう言いながら奏多の頭を撫でるうみ、心が……苦しい。

 私も奏多に「あーん」したい。私も……、うみみたいに……。

 すごく楽しそうに見える、うみ。やっぱり……、奏多もうみみたいな可愛い女の子が好きかな? やっぱり……、私は迷惑かな? なぜか、ずっと自分のことを責めていた。食卓の前で、ずっと———。


 私は……、私のすべてを否定していた。


「ご、ごちそうさまでした……」

「ひな!」

「うん?」

「残しちゃダメだよ。全部食べて…………」

「しょ、食欲ないから! いい! 食べたくない」

「いや、ダメだ。それくらい全部食べれるだろ? あのひなが野菜を食べないなんて、本当に具合悪いの?」

「…………食べない! 食欲ないからいいよ!」 


 声を上げるつもりはなかったけど、なぜか奏多に怒ってしまった。

 そんなことできるわけないのに……、もっと私に気遣ってほしかった。そんなのただの欲張りだけど。それでも、私は———。

 そのまま部屋に入ってしまった。


「…………」


 私以外の人とイチャイチャしないでほしい……。

 奏多はうみといる時にすごく幸せそうに見えるから、それが不安だった。

 

「ひ、ひな?」

「どうしたのかな〜」

「…………」

「えっ? 奏多くん? どこ行くの?」

「ひなのことが心配だから」

「…………」

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