50 甘い何か

 今日はバイトしない日だから、放課後ひなの家に来た。

 この前に「また行く」って言ったのは事実だけど、まさかすぐ俺を連れてくるとは思わなかった。でも、どうせ家に帰ってもやることないし、そろそろテストだからひなと一緒にテストの勉強をしていた。


 すると、腕を伸ばすひながさりげなく俺の肩に頭を乗せる。

 やばい距離感だな。これ……。


「疲れたぁ……」

「だよね、ずっと勉強してたし……。今日はこの辺で終わらせようか。明日もあるからさ」

「うん!」

「てか、ひなぁ……くっつきすぎ」

「えっ? 別にいいんじゃない? 家だし、誰にもいないし…………」

「そっか……」


 と言っても、ひなの顔が近くてちょっと緊張している。

 てか、ひな……めっちゃくっつけてくるからさ。

 なんか、猫と一緒にいるような気がする……。大きい猫。そして、めっちゃ甘えてくる猫。


「そういえば、今日ね。冬子が私に謝ったの……。泣きながら……、全部自分のせいだと私に謝った」

「そうか……」

「うん、今まであったこと全部……。そして、冬子がやらかしたこともね」

「そうなんだ……。それで、ひなはどうしたい?」

「冬子にはいい友達になりたいって、そう言ってあげた。ちゃんと反省しているみたいだし、ずっと罪悪感を感じていたって言われたからね……」

「うん。そして、全部うみの仕業だったのか……」

「そうだね。予想はしていたけど、あんな風に人をいじめるとは思わなかった。本当に最悪……」

「うん……」


 なぜ、そんなことをするのか、何を欲しがっているのか———。

 そこで俺は考えた。うみが一番欲しがっているもの、それは……どう考えても「優越感」しかない。自分は他の人たちより遥かに優れているとかさ。付き合っていた時も、うみに合わせないといけない感じだったし。それは「恋」とかじゃなかった。そして、その優越感を感じるためにはいくつか必要なものがある。斉藤みたいなカッコいい人、そして如月みたいな従順な人———。


 それは、自分の話ならなんでも聞いてくれるおもちゃ。

 そこから優越感を感じている。


 今のひなが何を考えているのか、俺は分からない。

 でも、俺は他の方法で復讐をしたかった。それはとても簡単なこと、ひなと仲良く楽しく……、学校生活を過ごせばいい。今みたいにな。もう俺たちを責めるクラスメイトたちはいない。それに、最近……俺も少しずつクラスメイトたちと仲良くなっているからさ。


 もううみのそばには誰も残っていない。あの如月もうみを離れたから。

 そのまま、ほっておいた方がいいと思う。


「…………」


 そして、壊れそうな俺を支えてくれてありがとう……。

 でも、それは口に出せないから、じっとひなを見つめていた。


「あっ、そうだ! 奏多にもらったチョコ食べたい! ふふっ」

「あっ、持ってくるから」

「うん!」


 学校でひなのチョコを食べた時、すごく甘くて美味しかったけど、俺が作ったのはどうかな?

 正直、味見しすぎて……どんな味だったのか忘れてしまった。

 でも、チョコは……甘いから。それでいいと……、そう思っていた。4時まで作ってたからさ、限界だった。


「ど、どう? ひな」

「美味しい!!! あまーい! 好き!」

「よ、よかったね……」

「奏多、もしかして自信なかったの?」

「ああ……、うん。作るの初めてだし、深夜の4時まで作ってたからさ。ずっと緊張してたよ。でも、ひなが喜んでくれてほっとした」

「ひひっ、私も奏多が喜んでくれてすごく嬉しかったよ? ふふふっ」


 なんか、急に恥ずかしくなってきた。

 やっぱり、ひなは可愛いすぎる。心臓に悪い。


「あっ、そういえば……! 奏多がいない時にね、休み時間にね」

「うん、どうした?」

「女子同士でちょっと話をしていたけど、急に恋バナになっちゃってね」

「そうか」

「うん……、そこでね。えっと……、奏多のどこがいいのって。みんなにそう言われて……」

「あっ、うん……」


 ひなに何を聞いているんだよぉ……。


「私は……、ちゃんと答えたけどね。でも、奏多はどう思っているのか、みんなが気になってて……。そして、私もちょっと気になるっていうか。私は奏多のこと、顔もいいと思うし、性格もいいと思うし、頭もいいと思うから……」


 いきなり褒められてすごく恥ずかしいんですけど、ひなさん。

 てか、どうすればいいんだろう……。お前はどうする!? 宮内奏多。


「お、俺も! ひなのこと可愛いと思う。そして、優しいし、頭いいし。うん……」

「違う!」

「えっ!? 違うのか? 何が?」

「そ、その……。もっと具体的に! 私のどこが好きなの? 教えて! 目が大きくて可愛いとか……!」

「えっ? いきなり? ええ、具体的って言われても…………」

「ない……の?」


 なんか、落ち込んでいるような……。

 てか、具体的って言われても……好きだから好きだけど、理由……分からない。幼い頃からずっとそうだったし、具体的にどこが好きなのか……、そんなこと考えたことないからさ。ひなはひなだから、そんなひなが好きだった。


「いろいろあるんでしょ? 細い体とか、綺麗な肌とか! いろいろ!」

「えっと……、優しいから……はダメなのか?」

「…………私、めっちゃ頑張ったのに……」


 やべぇ、ひなにめっちゃ睨まれている。

 てか、性格の話じゃなくて、外見の話か。その具体的も……、そうか。

 でも、それをひなの前で言い出したら絶対変態って言われそうだからさ。言いづらい……。


「ないの……? 奏多…………」


 やべぇ……、泣きそうな顔している……! マジかぁ!

 それを言わないといけないのか? でも……、言わないとひな泣くかも…………。


「わ、分かった! 分かった! 言うから、そんな顔しないで……ひな」

「うん……! どこが好き?」

「はあ……、く、唇…………」


 ひなから目を逸らして、小さい声でそう答えた。

 今更だけど……、唇じゃなくて適当に答えてもよかった気がする。恥ずかしい。

 やはり俺はバカだ。


「ど、どうして……? く、唇なの?」

「えっ? 理由も聞くのか?」


 こくりこくりと頷くひな、目が……目がキラキラしている。


「いつからだろう……。ひなと目が合うとすぐ恥ずかしくなるからさ、知らないうちに唇を見るようになった。そして、ひなと話している時はほとんど唇を見ていたからさ。癖になったかも……」

「…………もっと具体的に!」

「はあ? も、もういいだろ! 恥ずかしいから勘弁して!」

「もっと具体的に!」


 ちょっと、くっつきすぎぃ……! てか、なんでそこまで執着するんだろうな。

 ああ……、もう……こうなったら一か八かだ!


「ひなの唇、形も色も可愛いからたまらないんだよぉ!!! これでいいだろ!?」

「…………」

「はあ……」


 くっそ、顔めっちゃ熱い…………。

 なんで、俺……ひなの前であんな恥ずかしいことを言ってしまったんだろう。

 まったく。


「だから、リップクリームを塗ってあげた時に照れてたんだ……。ずっと私の唇を見ていたの……?」

「いや、そ、それは……」

「じゃあ、私が食べ物を食べさせた時もドキドキしてたの……? 奏多! 間接キスしてドキドキしてたの……?」

「いや、そ、それは……!」

「私とずっとくっついてたのに……、どうしてそんなに照れてるのか分からなかったけど、そうなんだ! 奏多は唇フェチだったんだ!」

「唇フェチとか言うなぁ……!」

「じゃあ、率直に答えてくれた奏多に、ご褒美をあげないと!」

「はあ? なにっ———!」


 それはあっという間だった。

 本当にあっという間だった。

 なんで、俺……床に倒れているんだろう。一体、何が起こってるんだ……!?


「ハッピーバレンタイン、奏多!」

「えっ」


 手のひらで俺の目を隠すひなが、そのまま俺にキスをした。

 何も見えないけど、その感触で分かってしまう。

 でも、口の中に……甘い何かが。これは……、もしかしてチョコか……? ひな、今俺にチョコを食べさせたのか!? しかも、口で!? そんなことより、ひなが俺の体に乗っかっていて全然動けない。


 とろとろ———。


 いやいやいやいやいやいや!

 待って待って待って待って!

 やばいやばいやばいやばい!

 あ———。口の中で溶けたチョコを……、飲んでしまった。


「…………」

「ふぅ……、どうだった? 唇フェチにあげる私のご褒美〜♡」

「ひ、ひなぁ…………」

「ああ〜! 奏多の顔、真っ赤〜」

「からかうなぁ……!」


 神様、今……俺の体に乗っかっているひなをどうにかしてください。

 てか、昔はもっと大人しい女の子だったのに……、なんだよ! 一体、何があったらあのひながこうなるんだよ!


「ひひっ♡」


 恥ずかしくて、何も言えない。

 負けた。

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