25 覚悟とイメチェン③

 放課後、ひなと校門前で別れた俺は……久しぶりにお母さんの美容室に来た。

 一人暮らしを始めた頃からずっとお母さんに「来て」って言われたけど、俺はそっちに行かなかった。あの頃の俺はずっと迷惑をかけるだけだったから、お母さんを見るとなぜか罪悪感を感じる。


 ずっと俺のせいで学校に呼ばれていたからさ。

 だから、なるべく……お母さんが働いている美容室には行きたくなかった。

 でも……、あの時に囚われたままじゃ何も変わらない。ひなが俺に教えてくれたからさ。


「奏多〜、やっと来てくれたね」

「……うん」

「そんな顔しないで早く座ってよ! ふふっ」

「……うん」

「髪、伸びたね。奏多」

「うん、今まで……あまり気にしていなかったから」

「じゃあ、ここに来たのはもしかしてひなちゃんのためかな……?! イメチェンして、カッコいいって言われたいよね? 好きなひなちゃんに!」

「えっ? ただ髪の毛を切るだけだよ。伸びだから……」

「ふーん」


 なぜか、後ろでくすくすと笑っているお母さん…………。

 やっぱり、お母さんも全然変わってないな。変わったのは俺だけ、ずっとそう思っていたけど、俺は認めようとしなかった。いつからこうなってしまったんだろう、ひなの話通り俺はこんな人じゃなかったのにな。


 昔の俺はひなのために……、いろいろやってたと思う。


「お母さん……、俺さ。俺……、カッコよくなれるかな?」

「はあ? 何言ってるの!? 私の息子だからあったりまえじゃん! お母さんに任せなさい!」

「ありがと」

「そして、お母さんは奏多のことカッコいいと思うよ! 髪切ったらきっとモテるはず! そのままひなちゃんに告白してみて!」

「んなことできるわけないだろ!?」

「ふふふっ、ひなちゃんはすごく喜びそうだけど?」

「なんで、確信してるんだよ」

「ひなちゃんが都会に引っ越してきた時、お母さんの美容室に寄ったからね。あの時は少し落ち込んでいるように見えたけど、それでも奏多の話ばかりしていたから分かるよ。今は奏多の学校に転校してきたんでしょ?」

「うん……。今は……、俺と仲良く過ごしている」

「よかったね。だから、もっとひなちゃんのこと大切にしてね。ひなちゃんはずっと奏多に会いたかったって、お母さんにそう話してたよ? 二人の間に何があったのか分からないけど、こういう時は男の方から謝るんだよ? 奏多」

「そ、そうだね」


 都会に引っ越し来て、一人暮らしを始めて……、俺はすぐうみと付き合った。

 でも、お母さんにはまだ話していない。

 うみも俺と付き合っていることを話したくないって言ってたし、俺もあまり気にしていなかったからさ。それもあったけど……、正直あの時の俺はどうでもいいと思っていたかもしれない。うみがいるだけで十分……、ずっとそう思っていた。いや、そう自分に言い返していた。


 思い返せば、一度も楽しくなかった。

 うみと一緒にいる時は、特にデートをする時は、ずっと緊張するだけで……自分が何をしているのか全然分からなかったからさ。

 そこで、俺は一体何を求めていたんだろう。


 ずっと……ひなに嫌われていると思っていたから。

 だから、選択肢がないと思っていたかもしれない。


(ひな) 奏多奏多! これ見て!


「誰?」

「ひな……」

「ええ〜。二人ともしょっちゅう連絡してるの? いいじゃん」

「えっ、まあ……そんな感じ」


 そして、写真を送るひな。

 これは……ココアかな?


「へえ、家でココア飲んでるんだ〜。可愛いね〜」

「ちょっと……、お母さん見ないで!」

「なになに? 恥ずかしい〜? 恥ずかしいの〜? 青春だね〜」

「ちげぇよ!」


(奏多) ココアだね。

(ひな) そう! ココアだよ。

(奏多) それで?

(ひな) ココアだよ!


「…………」


 だから、ココアがどうしたんだよぉ……!!!

 どう返事すればいいのか全然分からない俺だった。

 ひながなぜココアの写真を送ったのか、それもよく分からないけど、それよりココアの写真を見て……普通どんな返事をするんだろう。何かやってほしいことがあるなら、そういうことなら、はっきりと言ってほしいけどな。


「まだ返事してないの? 奏多」

「えっ、うん……。ココアだよって送ったから…………よく分からなくて」

「えっ? そこはね……。今すぐひなの家に行って一緒にココア飲みたいよとか、そう送るんだよ! もう……」


 なぜ、そうなるんだ……? えっ?

 ココアの写真でそこまで分かるの……? 難しいな。


「早く返事しなさい! ひなちゃんが待ってるんでしょ!?」


 そのままじっとしていたら、なぜかお母さんにデコピンされる。


「分かったよ……」


(奏多) じゃあ、次……ひなの家で一緒にココア飲もう。

(ひな) そう!

(奏多) えっ?

(ひな) その返事を待っていたよ! バカ奏多。


「マジか……」

「ほら、お母さんの話通りでしょ?」


 なんでだ……?

 なんで、ココアの写真を送ったのが一緒に飲みたいってことになるんだ……?

 どれだけ考えても、俺にはよく分からないことだった。うみは欲しいものができた時に、さりげなく「あれ、欲しい!」って送ったから分かりやすいけど。ひなとはあまりラ〇ンをしたことないし、正直……、俺の方からラ〇ンを送ったこともないからさ。


 難しいな。


「全然気づいていないね。奏多」

「えっ?」

「女の子はね。好きな人には用事がなくてもあんな風にラ〇ンをするから。奏多」

「そう?」

「うん」


(奏多) ごめん。


「痛っ!」

「そこはごめんじゃなくて、いつ?だよ!」


 なんで、背中叩かれたんだろう。俺……。


(奏多) いつ……?

(ひな) 今週の金曜日! どー!

(奏多) 分かった。

 

「そうよ! 男だからもっと勇気を出して! 奏多。そして、はいー! どー!? カッコよくなったね!」

「いい、いいね! お母さんはセンスがいいから」

「ふふふっ、1万円です」

「はあ?」

「冗談だよ〜。あはははっ」


 やっぱり……、変わったのは俺だけだった。

 みんな、あの時のままじゃん。


「あっ、そうだ。お母さん、来る前に近所のケーキ屋でチーズケーキ買ってきたよ。後で食べて」

「おお〜! ありがと〜」

「はいはい。じゃあ、俺は帰るから。お母さん、いろいろありがと」

「はいはい。次はひなちゃんと一緒に来てね」

「う、うるせぇよ!」

「ふふっ」

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