90 晴れと曇り⑤

 お父さんとお母さんの口喧嘩は私が中学生になるまで続いていた。

 もうやめてって私がたまに止めたりするけど……、それでも二人はずっと喧嘩をしていた。そしてうみは当たり前のように二人の喧嘩から目を逸らしている。どうなっても自分とは関係ない。ずっとそんな風にその状況を無視して、自分だけ友達と楽しい時間を過ごしていた。


 そして中学生になった私は以前と違って自分のことを磨くことにした。

 外見だけじゃなくて、勉強も頑張っていた。それで何が変わるのか当時の私はよく分からなかったけど、意味はあったと思う。奏多と一緒に楽しい時間を過ごしたかったからね。そしてだんだん好きという気持ちが溢れてきて、幼馴染の関係じゃ満足できなくなった。


 私の方を見てほしかった。

 だから、もっと可愛くなりたかった。


「最近の学校生活はどう? ひな」

「うん、奏多と一緒だから! 平気! すっごく楽しい!」

「よかったね」


 そして少しずつ私を見る周りの視線も変わったと思う。

 小学生の頃に私をいじめた男子たちがイメチェンした私を見て、いきなり告白をしたり、実は私のことが好きだったり、そんなくだらないことばかり話していたから。奏多のおかげでいろいろ変わったと思う。全部奏多のおかげだよ。私に……新しい生き方を教えてくれたから———。


 それと同時に奏多以外何もいらないとそう思っていた。

 奏多だけ、今私のそばにいる奏多が何よりも大事だった。

 いじめられる時も、寂しくて泣きそうな時も、当たり前のようにそばにいてくれたから。


「ごめんね、しょっちゅう奏多の家に行って」

「またそれかよ、いいって! ひなが来てくれた方がもっと楽しいからさ」

「そうなんだ……。でも、私たち中学生になったから。なんか迷惑になるかもしれないと思って、心配なの」

「そんなわけないだろ? それにうちのお父さんとお母さん仕事ばかりしてるからすぐ帰ってこないって」

「そうなんだ……。じゃあ、久しぶりに一緒にお風呂入る?」

「ひな……。それはダメだ」

「なんで?」

「なんでって……、中学生だぞ? 俺たち。てか、小学校を卒業する前にもそう言ってたよね。ひな」

「うん……。奏多は私とお風呂入るの好きだったでしょ?」

「…………それは」

「ひひっ」


 あの時は恋についてよく分からなかった。

 奏多のことをずっと意識していたけど、ある日からたまらなくなるほど心が苦しくなって。この感情は何……?って自分に言い返してみてもちゃんと説明できない。何をすればいいのか、それも分からない。ずっとそれに耐えるしかなかった。


「奏多」

「うん?」

「手……、冷たい!」

「あっ、うん。分かった」


 言わなくても分かってくれる。すぐ手を握ってくれる。

 奏多は私がやってほしいって言えば全部やってくれる。お風呂はダメだけどね。

 そして一緒にご飯を食べたり、一緒に寝たり、私のそばにはいつも奏多がいた。でも、どうしてこんなに心が苦しいのか分からなかった。私は何がしたかったのかな? そこがよく分からない。


 なんか、足りない……。


「奏多〜、寒い〜」

「こっち来て……」

「へへっ、うん!」

「まったく、小学生かよ。ひな……。俺たち来年中学2年生になるから」

「高校生になっても、大学生になっても、私は奏多と一緒にいたいよ。ずっと甘えたいから、温かい!」


 ぎゅっと奏多を抱きしめる。


「…………」


 うみも私も……、同じ家に住んでいるけど、同じ家に帰らない。

 そして私たちはお互いの連絡先すら持っていなかった。まるで赤の他人だ。うみはずっと私を避けていて、私はそんなうみと仲直りしようとずっと頑張ってたけど、すべてが無駄だった。


 その壁が、あんたは近づかないでって言っている。

 すごく悲しいけど、私にできることは何もなかった……。


「今日めっちゃ甘えてくるね、ひな」

「奏多が温かいから……。だから、もっとこうやって……」

「い、息ができないんですけどぉ……」

「私はこれがいいの」

「ひなぁ、俺死ぬぅ」

「へへっ」


 それから少しずつ私が感じていたその感情が、恋だったことに気づく。

 そして奏多が私のことをどう思ってるのか知りたかった。

 でも、断られたらどうしようと余計なことを思い出す。まだ何を話してないのに、私だけすごく怯えていた。


「…………」


 同じベッドで朝を迎えて、一緒に朝ご飯を食べる。

 その言葉を言い出すのは意外と難しかった。確かめたい、私のことをどう思っているのか確かめたい。好き……とか、言ってくれるかな? 私なんかに言ってくれるのかな? そればかり考えていた。


「ひな?」

「う、うん! 奏多。どうしたの?」

「ぼーっとしていたからね。何考えてた?」

「わ、私は……、なんでもない」


 奏多はずっと私と一緒にいたから、きっと好きって言ってくれるかもしれない。

 このままじゃダメ、勇気を出して聞いてみないといけない! 頑張るんだよ、私。その言葉を繰り返して……、奏多の前で冷静を取り戻そうとしていた。


「ねえ、奏多」


 そして一緒に登校をする時、私はその言葉を言い出した。


「どうした?」

「奏多はね……。私のことどう思うの?」

「い、いきなり!? ええ」

「どう思うの? 奏多」

「そ、それは……。まあ……、まあ…………。それ、今答えないといけないのか? ひな」

「そうよ!」

「ううん……」


 奏多は私の話にすぐ答えられなかった。

 でも、真っ赤になった耳と顔を見て……、少しは安心したかもしれない。いきなりそれを言われた奏多もきっと恥ずかしかったはずだから。だから、それ以上は言わないことにした。


「一応……、可愛い女の子だと思う」

「それだけ〜?」

「う、うん……」

「へへっ、そうなんだ〜」

「…………そう」

「可愛い、奏多」

「か、からかうな!」


 本当に……、もう少し我慢すればいいことが起こるかもしれない。

 そう信じていた。

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