23 覚悟とイメチェン

 翌日の朝———。

 今朝も当たり前のようにひなのそばで起きて、当たり前のようにひなと朝ご飯を食べる。ちらっと目の前でみそ汁を啜るひなを見て、昨日話したことを思い出す。俺たちは……そこで約束をした。


 なぜ、そんなことを言い出したのか分からないけど、俺はそれを受け入れるしかない立場だった。

 何があってもひなのことを信じる。

 そう、俺は何があってもひなのことを信じる。今の俺にはそれしかない。


「私、制服に着替えるから居間で待ってて……!」

「うん」


 ひなが着替える間に、しばらくソファでスマホをいじる。

 こんな余裕は久しぶりだな。

 それに、ひながいる時といない時の差がすごい。同じ空間にいるだけで雰囲気が変わってしまうような気がする。


「行こうか!」

「いこ…………」

「どうしたの? 奏多」

「ひな、やっぱりそのスカート短くない? 風邪ひくよ?」

「えっ? どこ見てんのよ……! 奏多のエッチ!」

「えっ……」

「そ、それにちゃんとタイツ履いたから風邪ひかないよ! でも……、風邪ひいたら奏多が丸一日そばにいてくれるはずだから、それも悪くないね」

「移るから逃げます。全力で」

「なんでだよ〜! この変態!」


 風邪ひかないって言っても、今日寒そうに見えるからさりげなく俺のマフラーを巻いてあげた。

 そして、ひなの後ろにある鏡に俺を姿が映る。

 そういえば、髪の毛……けっこう伸びたな。全然気づいていなかった。


「あ、ありがと……。奏多」

「行こうか」

「うん!」


 そして、ひなと教室に着いた時、またクラスメイトたちの視線が感じられた。

 でも、もう怖くない。

 あんな人たちは無視すればいい、ここにはがいるから。


「一限から体育なの……?!」

「そうだけど? ああ……、ひなは体育苦手だったよね」

「走るのも苦手だし、バレーボールとか、バドミントンとか、全部下手だから地獄だよぉ……」

「なんでそんなに心配するんだよ。俺がいるじゃん。昔みたいにそばで教えてあげるから」

「うん!!!」


 ジャージーに着替えた二人が教室を出た後、冬子の肩を叩くうみが微笑む。


「よろしくね〜」


 そう言いながら教室を出るうみ、冬子はじっとその後ろ姿を見つめていた。


 ……


「か、奏多……! バレーボールのサーブってこうかな……?」

「そうそう」

「や、やってみるからね! そばで見てて」

「オッケー」


 バレーボールのサーブはそんなに難しくない。ボールを上げてそれを打つだけだ。

 そう、打つだけ———。

 でも、どうしてボールを打つ時に目を瞑るの!? そのまま「ポン」と、綺麗な音とともにボールがひなの頭に落ちた。


「痛い…………」

「ぷっ」

「い、今、笑ったよね!? 奏多!」

「いや、わ、笑ってない! 笑ってない!」

「嘘……! ちゃんと聞こえたよ!?」

「わ、笑ってません……」

「私の目を見てぇ……。その顔は嘘をついている人の顔だよぉ……? ふふっ」


 笑いながら口喧嘩をする二人、その姿をクラスメイトたちが見ていた。

 そして、こっそり舌打ちをするうみ。


「もう一度やってみよう! はい!」

「いっくよ!」

「うん!」


 今度はちゃんとボールを見るんだ……と思ったら、また「ポン」と頭にボールが落ちた。いや、ボールを見るだけかい! どうして、打つのを忘れたんだよぉ……。さりげなくひなから目を逸らす俺だった。


 やばい……。ここで笑ったら、また怒られるよな。


「何が問題かな……? 上手くできない……」

「次は上手くいけるから心配しないで、ひな」

「うん……」


 結局、体育授業が終わるまでサーブができないひなだった。

 どうして……!?


「あっ、奏多! 私トイレ行ってくるから、先に教室行って」

「オッケー」


 やっぱり、友達がいる時といない時の学校生活は全然違う……。

 ひなが転校してきて、俺普通の学校生活を過ごせるようになった。マジで、感謝してるよ。ひな……。ありがとぉ———。


「…………ふぅ」


 そして、席に着いた時、俺はゴミ箱に入っている何かに気づく。

 一番後ろの席が俺の席だったから……、すぐそれに気づいた。

 でも、どうしてひなのブラウスとブレザーがゴミ箱に入ってるんだ? 一体、誰がこんなことをしたんだ……? そのまま放置するのもあれだから、急いでひなの制服をゴミ箱から取り出した。


 てか、その上にオレンジジュースを捨てるなんて。

 これじゃ……着替えないだろ?


「何してるの? 宮内くん」

「えっ?」

「それ……、三木の制服だよね? どうして、ゴミ箱から…………それを」


 クラスメイトたちが集まってきた。

 こいつら暇なのか? それに……、どうしてそんな目で俺を見ているんだ? 俺がやったことじゃないのに、また当たり前のように俺を疑っている。そして、その中には遊びに来た斉藤とその友達もいた。


 よくない状況。


「あはははっ、奏多……。今度は転校生の制服をゴミ箱に入れたのか?」

「はあ? ゴミ箱に入ってるのを見つけただけだ! 斉藤」

「ええ。でも、ここには奏多しかいないだろ? そうだね?」


 また、あれか? こいつは、これを楽しんでいるのか?


「みんな、何してるの? ここに集まって」


 首を傾げるひなの前でくすくすと笑う一馬。


「あっ、転校生! 見てよ〜。制服がボロ雑巾になっちゃったぞ? どうしよう〜。あ〜、あ〜。宮内がまたやらかした」

「…………」


 すると、斉藤の友達が急に調子に乗る。

 だんだん声を上げながら、あの時みたいに俺を責めていた。

 マジで面倒臭い……。


「ひな……」

「うん、知ってるよ。奏多がやってないってことくらい私も知っている。いいよ、気にしないで」


 だから、俺たちは無視した。


「さっきまで体育授業だったから汗かいたよね?」

「ちょ、ちょっと……」

「ひな。俺の制服貸してあげるから、今日はこれを着て」

「い、いいの? 奏多は?」

「俺はジャージー着てるからいいよ」

「へへ……、ありがと。じゃあ、私すぐ着替え———」

「あ〜! あ〜! そんなことだったのか!? 宮内! それをにする気だったのか? いいね。可愛い女の子の匂いでアレをするのも! あはははっ。でも、俺はひなちゃんとがしたいな〜」


 すると、俺たちに無視された男がいきなり大声を出す。


「はあ?」

「ひなちゃん可愛いね! あのさ、俺の貸してやるから! 俺も可愛い女の子の匂い嗅いでみたい〜」

「おい、お前!」

「おめぇに聞いてねえよ、宮内。そんなことより、こんな浮気者じゃなくて、俺と付き合うのはどうだ? ひなちゃん」

「はあ……」


 今度はひなにあんなことを言うのか。

 いい加減にしてほしいけど、言葉だけじゃやっぱり分からないのか。

 もしかして、こいつがひなの制服を……?


「ねえ、ひなちゃん! そんな汚い制服じゃなくて俺の———」


 でも、今はそれを考える暇などなかった……。

 あいつがその汚い手でひなの肩を触ったから———、我慢できなくてすぐその手首を掴んだ。


 頭の中が真っ白になる。

 あの時と同じだった。


「はあ? 今、俺の手首を掴んだのか? 宮内奏多」

「…………」

「…………っ!」


 このクズが……。


「はなっせ———。い、痛っ! 痛い!!! ああああ……!!!」

「うん? 何? 聞こえない……。さっきみたいに大きい声で話してくれない?」

「おれる……! 折れる!!! は、はなせぇ!!! 頼むから! はな……っ」


 一体、どれだけ我慢すれば……この馬鹿馬鹿しい状況が終わるんだろう。

 いや、これは全部俺のせいだ。最初から……こうするべきだったのにな。


「離せぇ!!! み、宮内…………! 痛い!!! 頼む! 離してくれ!」

「ひなに……、今何を言ったんだ……? お前、正気か?」

「痛い……。は、離してくれ…………、た、頼むから! 宮内」


 掴んでいた手首を離してあげたらすぐ床に倒れた。ため息が出る。情けねぇな。

 そして、俺は許せなかった……。こいつだけは。

 そのまま隣にある私物入れを拳で叩いた。ものすごい音がクラスの中に響いて、周りが静かになる。


「おい、お前が誰なのかしらねぇけど……。もう一度ひなに手を出して、ひなにあんなことを言ったら……。次はその場で殺す」

「…………はあ? お、おま……」


 先とは全然違う雰囲気の奏多に、彼は恐怖を感じた。

 本当に殺されるかもしれないと、その目から殺意を感じる。

 そして、奏多に掴まれた手首は真っ赤になっていた。


「謝れ」

「ご、ごめん……。宮内、俺が悪かった……。そ、そして、て、転校生にも……」

「分かったら、お前のクラスに戻れクズ」

「う、うん……」


 ごめん、お母さん……。

 でも、ここにはがいるから。


「…………」

「か、奏多! 私チャイムが鳴る前に早く着替えてくるから!」

「うん……」

「制服! ありがと!」

「…………」


 ひなが教室を出た後、俺はクラスのみんなに声を上げた。

 もう我慢できない。


「お前らはいつまでこのクズの話に振り回されるんだ? 情けない」

「はあ? 俺の話なのか? 奏多」

「そう、お前以外のクズがここにいるのか? 斉藤一馬」

「…………」

「また浮気とか言ってみたら? ああ……、ここにいるやつらはどうせお前らの話ならなんでも『そうそう!』って答えるバカだからさ。そうだ。どうして、お前がうみと一緒にいたのをみんなに話してあげなかったんだ? お前……俺がなぜうみを振ったのか知らないだろ?」

「いきなり……、なんの話だ」

「お前らがあのファミレスで話したことを、俺が知らないとでも思っていたのか?」

「…………証拠は?」

「証拠? 俺とひながどこであの写真を撮られたのか、よく考えてみたら?」


 こそこそ話しているクラスメイトたち、今度はその視線が斉藤に集まっていた。


「…………」

「俺はさ、なるべく問題を起こさないようにずっと我慢していたけど。もう我慢できない。さっきのあいつみたいに、ひなに手を出したり、変な噂を流したりしたら……お前がうみと何をしたのかここにいるクラスメイトたちに全部バラす。お前がやったことと同じことをな」


 一か八かだった。

 ここでまたこいつらのペースに巻き込まれたら……、その時は終わりだ。

 そして、うみ……。お前はあの時も今も最悪の女だ。

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