85:ギャルのSNSを見た

 パパに会うと言ってた星架さんのツイスタを確認すると、午前中にまさかのドタキャンをされたと呟いていた。そこから急遽、モデルの撮影が入ったらしく今は(これは仕事用アカに書いてある)横中へ行ってるみたい。

 

 お父さん、たまにしか会えないと、いつかの雑談の中で言ってた。引っ越してきた事情とも恐らく関係があるんだろうけど、未だ踏み込んではない。友達だからって何でも話さなきゃいけないワケじゃない。星架さんがそう言ってくれたのと、同じ気持ちだ。


 僕は工場こうばの壁掛け時計を見る。午後の7時前。少し暗くなり始めてる頃か。


 今日は両親は3連休を利用して温泉旅行中。姉さんも友達と夕飯を食べて帰ってくるとのことで、家には僕一人だった。なもんで、のびのび作業できると思い、5件くらい溜まってた創作家具の依頼を片付けた。幅10センチの棚とか、既製品じゃ無いもんな。


「お腹すいた」


 労働の後だし、ちょっと贅沢な夜ご飯にしようかな。牛丼にキムチ乗せちゃおう。


 ……星架さんもそろそろ沢見川に戻ってきてるかな。遅いし、迎えに行ったりしたら……キモいかな? ストーカーみたいで。


 と言うか、会ってもあのキスの件をどうして良いか、ちょっと答えが見つかってない状態だし。


「普通にご飯だけ食べて帰ろうか」


 結局ヘタレた僕は、自転車で駅前の牛丼屋へ繰り出した。











 

 

 みんなの嘱託しょくたくでありたい、を標榜する牛丼屋さんで、一人飯。積極的な再雇用で社会貢献を目指してるだけあって、店員さんはおじいちゃんとおばあちゃんの嘱託社員ばっかりだ。


 キムチ牛丼に紅生姜を乗せて良いのか、未だに迷う思春期。まあ、いっか。乗せよ。色が毒々しくなっても美味しいもんね。生姜ねえや、なんちゃって。

 

 普段は母さんや姉さんに怒られる犬食いでガツガツとかき込んでしまう。10分くらいで完食。


「ごちそうさまでした」


「ありがとうございます。またお願いします」


 おじいちゃん社員の笑顔はハツラツとしていた。


 店を出ると、途端にムワッとした熱気が体にまとわりつく。すっかり夏の空気の匂いがして……その中に馴染みのある香水の匂いが混じる。アレ? この香り。


「康生?」


 振り返ると、車のヘッドライトに照らされる銀髪と、綺麗な顔。会いたいような、会うと困ってしまうような相手。


「星架さん」


「星架、友達か?」


 声に気付いて、星架さんの更に後ろを見ると、黒塗りの高級車がロータリーに止まっていた。運転席の窓が開いていて、そこから男性が顔を出していた。端正な容姿に、車体の色と同化するような漆黒のスーツがキマッている。年齢は30代くらいか。


 一瞬で色んな想像が駆け巡る。この人、アタシの彼氏なの、なんて言われたら。若さ以外は敵う気がしない。イケメンだし、お金持ってそうだし。大人だから色んな遊ぶ場所とか知ってそうだし。

 というか僕にしたキスは何だったんだ。本当にただの悪戯だったのか。僕の独り相撲だったのか。悲しみが胸に芽生えかけた時、


「パパ。この子が前に言ってた康生だよ」


 星架さんはそう言って半身ズレて僕とイケメンが顔を合わせられるようにした。

 

 パパ……パパ!? 


「ああ、本当に居たのか。っと失礼。娘がお世話になってます。星架の父の溝口誠秀みぞぐちせいしゅうです」


「は、は、はい。僕の方こそお世話になってます! 沓澤康生です! 16歳です!」


「いや、歳は……娘のクラスメイトと聞いてるので」


「16歳です!? あは、あははははは」


 しまった。やらかした。手汗がびっしょりで、立ち眩みでも起こしたみたいに気が遠くなる。フォローに回って欲しい星架さんは、超絶ツボに入ったみたいで、体がくの字に曲がってる。

 あ、あ、えっと。何か言わないと。失礼のないように。えっと、何を言えば。


「そう畏まらないで。聞けば娘が入院してた頃に、心の支えになってくれていたそうで」


「あ、いえ。そんな」


「パパ。本当だったんだから、この件に関してはママに謝ってあげて欲しい」


「……考えておくよ」


「パパ……」


 ん? なんか僕とは関係あるようでなさそうな話?


「失礼……少しだけ時間が取れたから送って来ただけで。私はそろそろ戻らないと。沓澤クン、娘とこれからも仲良くしてあげて欲しい。親の欲目かも知れないが、こう見えて情が深くて律義なタイプだ。悪いようにはならないハズだよ」


「はい、知ってます」


 僕が即答すると、意外だったのか誠秀さんは目を丸くして(そうすると目元が星架さんソックリだった)、そして笑った。


「そうか、知ってるか。ありがとう。今度、私の時間がある時に三人で食事でもしよう」


 誠秀さんは優しく僕に笑いかけて別れの挨拶とし、車を発進させた。

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