23:陰キャにもう一度
<星架サイド>
わざとらしいママの咳払いが響き渡る。ごめん、ママ。忘れかけてた。
「貴方たちはお付き合いしてるの?」
ドキッとする間もなく、コウちゃんが、
「いえ、違います」
と否定した。そんな即答せんでも。何か冷静すぎない?
「そうなの? さっきアタシが入ってきた時も、ちょっと良い雰囲気になりかけてたんじゃ?」
「いえいえ、そんなことありません」
だから冷静すぎるって、コウちゃん……凹むよ。いや、アタシも別に今でも、す、好きとかじゃないんだけどさ。
「ただちょっと、体に触ってただけで、合意は無かったです」
全く冷静じゃなかったー!?
「そ、それじゃあ、強制ワイセツだから! 落ち着いて!」
「きょ、強制ワイセツ!? そんな汚名を受けてはもう……父さん、母さん、先立つ不孝を」
「久しぶりに聞いたな、それ!?」
あーもう滅茶苦茶。ママはそんなアタシたちを見て、大口を開けて笑っている。ママのあんな笑顔久しぶりに見た。
「あははは。は~、面白い子ね。まさか母親に向かって合意は無かったとか……ああ、可笑しい」
「ちなみに合意はあったからね?」
一応念押ししておく。というか、アタシから抱き着いたんだよね。
「分かってるわよ、そんなん。アンタが男と部屋に二人きりの状況作ってる時点で、相手に好意が」
「あーもう! 余計なこと言わなくて良いから!」
親子でやり合い始めるかという辺りで、コウちゃんが時計を見た。その様子でアタシたちも大人しくなる。そろそろ、とコウちゃんは立ち上がる。
「ああ、忘れてた。これ、お土産です。消えものが良いかと思って。冷めちゃったかもですげど」
「あら、悪いわねぇ」
「えっと、今川」
「今川義元か!?」
ついに作りやがった! アタシが目を離したばかりに、彼の凶行を止められなかった!
「アンタ、なに言ってんの?」
ママが、育て方まちがえた、みたいな目でアタシを見る。貰った紙袋から白い包みを取り出しながら。
「今川焼きよね?」
「はい、急だったもので、こんなものしか見繕えず」
「いやいや、そんなそんな。本来は私たちがお礼をしなくちゃならないんだから。ほら、アンタも」
「あ、ありがとう」
「ええ。しかし……大丈夫ですか、星架さん? 急に変なこと言い出して」
「アンタは絶対裏切ったらダメなとこでしょ!」
なんでそんな不思議そうな顔が出来んだよ。元凶だろうが。
「まあ……確かに今川義元は、もうとっくに消えてるし、冷たくなってますからね。ハハハ」
「エッジが効きすぎだろ。笑うなよ」
あんな純真だった子が、なんでこんな面白いヤツになってんだろ。
マンションの一階、エントランスホールまで来たけど、やっぱ名残惜しくて、そこにある共用ソファーに腰掛け、彼にも対面を促してしまう。時刻は6時ジャスト。あまり引き留めるのは彼のご家族にも迷惑と分かってても。話し足りない。
「しかしまあ、驚きました。あのセイちゃんが……すっかり元気になったんですね。良かった」
「まあ大人になるにつれ症状は軽くなるって話だったから」
「なら……今更かも知れませんけど快気祝いに贈り物をしたいですね。どういう義元が良いですか?」
「もう義元が前提になってるのやめてもらっていいかなぁ?」
「え、だってさっき、今川焼を義元だと勘違いするくらいに」
「それはコウちゃんが! モールん時に!」
そこまで言ってアタシは少し言いよどむ。
「今更だけど、これから何て呼べば良い? コウちゃん? こ、康生?」
「好きに呼んで頂く形で」
「そっか」
正直、コウちゃんって呼びたい気持ちもあるけど、この呼び方だとどうしても子供の頃の記憶に引っ張られて弱くなっちゃうと言うか、今のアタシじゃないなって。だからここは強気に、自分らしく。
「じゃあ康生で。あ、けど口調は昔のアタシみたいに可愛らしい感じの方が良ぃ?」
語尾が甘えたような伸び方してしまって、自分でビビった。アタシ、こんな媚びた声出んの? いやけど、こんな可愛いのを常に求められたら……
「いえ、星架さんの楽なままで良いんじゃないですか?」
「そうかな」
「いつものように、細かい事は気にせずグイグイ進めば良いと思います。ギャルなんですから」
「なんか若干バカにしてない?」
「そんなまさか。若干なんて、そんな」
「どこ否定してんだよ! バカにしてませんって言えよ!」
「え?」
「もう帰れ! アホ! 桶狭間!」
「はいはい」
康生が立ち上がる。寂しいけど、いい加減、彼も帰らないといけない時間だ。
「では、また明日」
「うん」
「あ、そうだ」
「なに?」
「フィギュア大切にしてくれてて嬉しかったです。口調とか雰囲気とか変わりましたけど……誰かの心がこもった物を大切に出来る、情の深い子だと思います。セイちゃんも星架さんも。だから……また会えてよかった」
それだけ言って康生は自動ドアを潜った。その背を呆然と見送りながら、
「そんなん……ズルいって」
もう自分を誤魔化すのも限界で。
アタシは初恋の続きを始めた。
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