222:ギャルの夢を叶える
僕だけは帰らずに、無人になった部屋へ彼女と一緒に戻る。どうにも離れがたく、そして星架さんもそれを望んでいたようで、今は一人になりたくない、と言った。あれだけの賑やかなパーティー、それに最良の結果、その祭りの後の会場に一人ポツンと居るのは、確かにとても寂しいだろう。
お皿を洗い、オーナメントを片付け、僕たちが人心地つけたのは夜9時近くになった頃だった。
「お疲れ様」
「はい。星架さんも」
「……本当に帰らなくて良いの?」
「さっき母さんに、みんなで星架さんの家に泊まるって連絡しました。誠秀さんたちも居るから安心してって」
「悪い子だ!」
大嘘つきだね。でも。
「お姫様のお望みですから」
「キザ~」
「ははは」
おどけて言ったけど内容は本気だ。この子の望みなら全て叶えてあげたい。
彼女の部屋、床に座って、ベッドに背をもたれさせ、二人並んで座っている。PCすらつけていない。無音で、二人だけの世界。さっきまでの喧騒を思えば、やっぱりここに彼女を一人で置いておくのはイヤだった。もう星架さんには少しでも寂しい想いはして欲しくない。今日までずっと堪えていたハズだから。
愛おしさが溢れそうになる。ツンと鼻の奥が痛んだ。星架さんが僕を見る。なんでアンタが泣きそうになってんだよ。そんな風に笑われるかと思ったけど、彼女もまた、しんみりとした表情で、そっと僕の肩に頭を預けてきた。
「また……家族で一緒に暮らせる日が来るなんてさ」
「はい」
「半分くらい諦めてた」
僕の手を取り、しっとりと指を絡めてくる。
「けど、康生と再会して、色んなことを経験して……アタシも落ち着いて広く物を見られるようになって……」
徐々に肩にかかる重さが増している。体の側面を丸ごと彼女に包まれているみたいだ。
「多分ね、5月のままの状態で挑んでもダメだった気がする。ママを説得できなかったと思う」
まだまだ3ヶ月程度の交際期間だけど、この成功体験が彼女に自信と、放つ言葉への説得力を与えたんだと思う。実際、星架さんと麗華さんがどういう話をしたのかは分からないけど……僕と経験したこと、気付いたこと、そういう物が上手く作用したのなら、こんなに嬉しいことはない。
そしてそれと同時、僕が誠秀さんを説得できたのも、色んなことを経験して成長していたからこそだ。もちろん、星架さんへの愛情と誠意が一番だけど、母さんたちの助言、つまりは周囲を頼ることを覚えてなければ、余計なことを話していた可能性が高い。
この夏で大きく成長できた僕たち二人の合わせ技があってこそ、今回の最良の結果を導けたんだ。
「……もちろん最後は、誠秀さんと麗華さんの絆が残っていたからこそ、ですけどね」
「うん。それは、そう。今になって思えば、時間と距離を置いたのも良かったのかもね」
少しだけ目元を拭う星架さん。
「あんなに離れてたのに、こんなに時間が経ってしまったのに。消えないんだね。本当に本気で抱いた気持ちって」
僕の手を握る反対の手で、ギュッとシャツの胸の辺りを握った。
「……家族って良いね」
「はい」
僕の家のように、ずっと離れず育み続ける絆もあれば。彼女の家のように、離れてしまっても消せない熱によって戻ってくる絆もある。
そしてそこで育った子供が、またその絆に憧れて、自分でも家族を作る。そうやって人は生きていくんだ。
「ねえ、康生」
「はい」
「アタシね、モデル以外にもやりたいこと見つかったかも」
「そうなんですか?」
「うん。笑わないで聞いてね」
笑うものか。愛おしい恋人の新しい夢なんだから。応援しよう。手助けしよう。支えよう。そんな気持ちを込めて、彼女の瞳を見つめる。
果たして星架さんの口から語られた「やりたいこと」は……
「……お嫁さん」
「へ?」
「だから、お嫁さん」
もう一度、口をハッキリ動かして。少し赤い顔で。その夢を語ってくれた。
一瞬、虚を突かれた僕は、徐々に意味が浸透していって、
「ふ、ふふ。あははは」
笑ってしまった。
「あ、こらー! 笑うなって言っただろ!」
「いや、すいません。ごめんなさい」
ポカポカしてくる可愛い拳をそっと両手で受け止めた。
「どうせキャラじゃねえよ、分かってるよ」
「いえ、そうじゃなくて」
僕はそっとその拳ごと彼女を引き寄せる。顔と顔が近い。
「僕も同じようなことを考えていたんです。家族に憧れた子供が今度は、自分で家族を作っていく。そんな人の営みのことを」
この場合の子供は勿論、僕と星架さんだ。父さんと母さん、誠秀さんと麗華さん。4人から受け継いだ絆を次代に繋いでいく。そうしたいと、今は強く願う。
「来てください。お嫁さん」
「康生……!」
「大切にします。キミだけを愛して。学生の僕の言葉ではまだまだ弱いけど、それを一生かけて証明していきます」
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