最終話:ギャルと永遠の絆を

 星架さんの瞳から、小さな涙の雫が溢れる。キラキラと光るそれは長い睫毛に乗って、宝石のようで。卵型のキレイな顔の輪郭を流れていく。整った鼻梁の先、少しだけ赤くなっているのは感極まったせいか。瑞々しく形の良い唇が半開きになってワナワナと震えてる。

 そして、いつも僕を惹きつけて止まない銀と青緑の美しい髪を慈しむように撫で、


「こんなに人を好きになるなんて思いもしなかった。愛おしくて愛おしくて、時々キミを想うだけで涙が出るんだ。一人で家に居て寂しくないかなって。また困ったことは起きてないかなって。レインでは話せない悩みを抱えてないかなって。その時、僕はキミの傍に居ないのが悔しくて……それで泣いてしまうんだ」


 想いの丈を話した。押し付けがましくないかな。イヤミっぽく聞こえないかな。そんな些細なことすら、キミを傷つけないかなって。臆病な僕はそんなことを思いながら。


「こう……せい」


 嗚咽に混じって、星架さんが僕の名前を呼んでくれる。いつ呼ばれても嬉しくて、いつまでも呼んで欲しくて。


「愛してます」


 言葉だけで伝わるか不安で、僕はその細くしなやかな体を抱き締めた。彼女の方からもすぐに腕が背中に回ってきた。最初からそういう動物だったかのように、二人、少しの隙間もなく。だけどまだもっと。もっと一つになりたい。これまで我慢してきた衝動が揺り戻しのように襲い掛かってきて。


 星架さんが顔ごと全部ぶつけるかのように、僕の唇にキスをした。あの最初の未遂の時と同じような勢いだった。あの時は鼻がぶつかり合ってビックリして体を引いちゃったけど、今度は鼻同士がぶつかり合うのも構わず、深く深くキスを交わす。


 やがて息が出来なくなって、顔を離した。荒い息のまま彼女の顔を見つめていると、


「アタシの方が愛してる」


 そんなことを言われた。


「え?」


「アタシの方が先に好きだったし、長く好きだったし、愛してる。アタシだって康生が居ない時、康生のこと想って泣いたり、会いたくなって電話しそうになったりするし」


 何かと思えば、僕の言葉に対抗しているみたいだった。拗ねたような甘えたような。


「だからね……いいよ。全部あげる。アンタの言葉も全部信じる。そしてアタシもアンタのこと一生大切にする。アンタだけ愛し続ける」


 そのまま、あのぶっきらぼうな感じで言い終わる。恥ずかしいのか、耳が赤い。なんなんだろう、この人は。可愛くて強くて、子供っぽくて母親のようで。僕をどこまでも夢中にさせる。


 その手を取って立ち上がり、ベッドにそっといざなった。

 もうこれ以上、言葉は要らなかった。

















 ふと物音に目が覚めた。

 薄闇に目を凝らすと、星架さんがベッドの上で半身を起こしていた。シャツを着替えているらしくて、エメラルドグリーンのブラだけの姿だった。


「あ、ごめん。起こした?」


「いえ」


 少し目を逸らしてしまいそうになるけど、もう昨夜のうちに散々……いや、やめておこう。


 星架さんはそっとベッドからフローリングに足を下ろし、なんとか立ったが、非常に危なっかしかった。僕も慌てて追いかけて、その体を隣から支える。


「いやあ、まだ何かジンジンするような、幻肢痛げんしつうの膜バージョンっつーか?」


 色々と台無しだよ……まあこういう歯に衣着せぬ所を好きになったんだから、諦めるしかないけどね。


「トイレ?」


「ううん。喉乾いたから」


 なら、と。僕は彼女の膝裏と背中に手を当て、グッと持ち上げた。


「うわわ、すごい。お姫様だっこじゃん」


 そういや、コレは初めてするのか。嬉しそうに笑ってる顔が可愛い。一晩を経てより愛おしくなった気がする。


 そのまま彼女の体を抱えて、リビングまで歩いた。部屋の中に足を踏み入れると、ベランダのガラス戸から、夜明け前の空が見えた。東の方から徐々に紺を侵食する薄オレンジのグラデーション。


「キレイ……」


 星架さんが呟く。僕は彼女を連れて、窓際まで近寄った。少しの間、景色を眺めていたけど、腕が辛くなって彼女をそっとフローリングに下ろす。ちょっと不満げな顔。


「慣れない動きをしたもので……」


「ああ、なるほど。アタシも痛みを堪えるために変な所に力入ったしな。しばらくしたら筋肉痛か」


「もうちょっと上手く出来たら良かったんですけど」


「こ~ら。お互い初めてだったんだから、下手で当然なの。キスと同じでこっから二人で上手くなっていけば良いだけなんだから」


「う、うん」


 また悪い癖が出ちゃったかな。変にロマンチックを意識しすぎるってヤツか。


 床に下ろされた星架さんは、僕の隣に来て、もたれかかるように体を預けてくる。彼女の体温を腕に感じながら、少しずつ昇ってくる太陽をぼんやり眺めていた。


 夏休み最後の朝がやってくる。きっと僕にとっては一生忘れられない夏が終わろうとしていた。そんな感傷を抱きかけた時、クイッとシャツの袖を引かれる。星架さんが軽く唇を尖らせて、背伸びをしていた。ああ、今日はまだ「おはようのキス」をしてなかった。


 僕はそこにそっと自分の唇を重ねた。昨晩の濃厚なモノではなく、軽く触れるだけのキス。


「……」


「……」


「クチくっさ!」

「そっちこそ!」


 そういや口の中が寝起きのままだった。


「もう。締まらないなあ」


「あはは、まあアタシたちらしいじゃん?」


 歯を見せて笑う星架さんに、僕も釣られて笑う。


 そんな僕たち二人を、夏の終わりの太陽が優しく照らしていた。

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