221:陰キャと親友達と両親と
<星架サイド>
「おばさん。一緒にケーキ入刀しなよ」
千佳が冷やかすような調子でママに言う。ママはさっきまでの優しい笑顔を引っ込め、「もう!」と少し眉をひそめてみせる。だけどパパは立ち上がって、ママを目で促した。
「ええ!? 本当にやる気なの?」
まさか千佳の冗談半分の提案を受けるとは、ママも思わなかったんだろう。けどパパは薄く笑いながらも、「やろう」という意思のこもった目をしていた。
もうここまで来れば、やれることは全部やってやろうの精神なのかもね。普段は思慮深い人だけど、時々こういう所がある。なんか意外と康生に似てる……かも?
「麗華」
「う、うん」
根負けして立ち上がったママの腰をパパがそっと抱いた。ここまでスキンシップするのはいつ以来なんだろう。少なくともアタシが大きくなってからは見た事ないと思う。あるいはアタシの前では見せないようにしていただけ、だと良いな。
「……」
「……」
二人でケーキカッターの柄を、手を重ね合うように持った。結婚式のように立派な刀じゃないけど。ケーキだってプロが作るような完成度じゃないけど。右手に嵌った指輪だって不器用なアタシの手作りだけど。
でもママもパパも、結婚式みたいに笑っていた。
賑やかな時間はあっという間に過ぎ去り、パーティーは午後7時半過ぎにお開きとなった。パパは千佳と雛乃を送って横中に戻る。それをアタシと康生、ママが見送る……とはならず。ママもついて行くことになった。きっと積もる話もあるんだろう。このマジックアワーを逃して、お互いまた素直さが引っ込んでしまったら堪らないという気持ちもあるのかも知れない。
先に駐車場に行った大人2人をのんびりと追いかけながら、子供4人でマンションの廊下を歩く。
「はあ、食べた食べた~」
雛が大きなお腹をさする。マナティみたいで可愛い。まあ食い過ぎだけど。結局、康生と千佳がケーキを半分あげてたからな。甘やかしすぎだ。
「雛、今日はありがとう」
「ん~ん。私は何もしてないよ~」
「そんなことない。ケーキ作り、すごく丁寧に教えてくれた」
そうかな~、と照れ照れする雛乃。実際、教えるの上手かったし。康生が自分より経験値は上と太鼓判を押して途中から完全に任せるくらいだったもんね。そういう熟練の先生に教われたのはラッキーだった。
「それにあの乾杯も良かったですよね。微妙に外してるけど、それが許されるのが重井さんの特権と言うか」
「え~、ひどいよ~。沓澤クンも最近、なんか優しくなくなってきた~」
遠慮が少しずつ無くなってきてるってことだろうな。あとケーキ半分くれるのは十分優しいぞ?
「千佳もありがとね」
「ウチこそ一番なんもしてねえ気がするけどな」
「いや、そんなことないですよ。誠秀さんに強烈な発破かけてたじゃないですか。あれもまた洞口さんしか出来ないし許されないヤツですよ」
「おう。なんかその言い方だとウチが乱暴者みてえじゃねえか」
「合ってるでしょ~?」
「この! 駄肉が! この!」
千佳と雛がじゃれ合う。それを康生が微笑ましそうに見ている。
良いなあ、この光景。アタシの幸せが詰まってる。親友たちと恋人、みんなに囲まれて……いや、ここに来月から一人増えるんだ。
「でも本当に良かったですね……同居の件」
「うん」
あの後、ママとパパは騒々しいリビングを抜け出し、ベランダでゆっくりと語らった。具体的にどんな話をしたかまでは、娘のアタシでも聞いていない。たぶん無理に聞くのは野暮だろうしね。
「いや。同居って言うか、同じマンションの別室だろう? 誠秀おじさんも煮え切らんよなあ」
千佳は容赦ないけど、まあまずはそれで良いんじゃないかと思う。というか、
「今日はアタシとしてはお互いに素直に謝り合ってくれて、また自然に話せるようになった。それだけで既に神に感謝したいくらいの成果だったんだよ。それが一気に物理的な距離まで縮まるなんて、もう本当にこれ以上は望めんよ」
というのが掛け値なしの本音だ。
「明日、また管理会社に聞いてみて、近い階で空きがあればそこを押さえて……」
「忙しくなりますね。引っ越しの人足は任せて下さい」
グッと力こぶを作ってみせる康生。
「私は引っ越し蕎麦かな~」
ブレない雛ちゃん。
「ウチはまあ、また日和ってやがったら、ケツ引っ叩いてやるかな」
頼もしい千佳。
話してるうちに、駐車場まで来てしまった。黒のセダンがクリープでゆっくり出てくる。運転席にパパ、その隣にはにかんだような笑顔のママ。
不意に。本当に不意に、心の隙間が埋まったのを自覚して、押し出されるように涙が出てくる。一度は諦めかけた光景。だけどやっぱり諦めきれずに、望み焦がれた幸せ。それが今、ここにある。
「ありがとう。みんな、本当にありがとう」
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