196:陰キャに悩殺された

 <星架サイド>



 逃げるようにコテージに駆け込んで、自分のリュックの前に座り込む。

 

 や、やばかった。

 康生の裸。布面積、もうあれ下着と同じだもんな。逞しい二の腕も、少し盛り上がった胸筋も、薄っすら割れた腹筋も。全部全部、丸見えだった。

 あの体にいつも抱き締められてるんだ。服があるからそこまで考えた事なかったけど……もうそう遠くないうちに、服の無い、あの状態の康生と触れ合うのか。


「~~っ!」


 体の奥に、マグマのような熱を感じる。感触を脳が補完し始める。今までのスキンシップから、彼の肌の質感、体温、そういったものを勝手にリフレインして。それらがアタシの体の至る所に触れたような錯覚を起こす。


 体が火照って仕方ない。と、そこでコテージの扉がガチャリと開く。千佳たちの話し声。二人も当然ここで着替えるから、入ってくるに決まってるんだけど。


「今はマズイ……」


 アタシはリュックを引っ掴んで、脱衣所に緊急避難。今の顔を見られたら、二人には絶対勘づかれるから。エッチな妄想してたって。


「あれ? 星架~?」


 雛乃がのんびりした声でアタシを呼ぶ。心臓を押さえるようにして、体を落ち着かせ、声が震えないよう気を付けながら、


「脱衣所で着替えるから!」


 と答えた。


「え~、なんで~?」


 当然、雛は不審がる。それこそ小学校のプールの時から一緒に着替えてきた仲だ。今更どういう風の吹き回しだと思われるのも仕方ない。


 だけどそこで、


「雛乃」


 千佳が諭すような声音で雛の名前を呼んだ。


「クッツーに見せるのに、色々と準備があるんだろ。剃り残しとか」


「あ、あ~」


 ちげえ! っと怒鳴りそうになったけど、踏みとどまる。誤解させておけば、一人で着替えられる。剃り残しなんてねえけどな! ちくしょう! ねえ……よな? 

 スルスルとシャツを脱いで鏡の前で腕を上げる。脇オッケー。両足も丹念にチェック。すね毛もオッケー。背中も昨日、ママに見てもらいながら剃ったし、大丈夫なハズ。腕毛もないし……うん! 大丈夫、大丈夫。


 仮にムダ毛の処理が甘くても、康生はそんなんじゃ幻滅しない。とは分かってるけど、女の子のプライドみたいな所もあるよね。大好きなカレシに初めて水着を見せるのに、ボーボーとかナシだから。


「星架、出るぞー?」


「え?」


 着替えんの早すぎ! じゃなくて。アタシが悶々としてる時間が長すぎんだわ。

 

「ちょい待ちー!」


 大急ぎで水着に着替えていく。ブラを着ける前に……パッドをそっと忍ばせる。くそう。ちくしょう。千佳に負けない為には必要なんだ。康生のヤツ、たまに大きい人のをチラっと目で追ってたりするからな。男は不可抗力とは聞くけども。


「まだかー?」


「いま行くー!」


 上からパーカーを羽織って、脱衣所からダッシュで飛び出した。
















 山を少しだけ登っていく。山道はよく整備されていた。丸太を地面に埋めて階段を作っていたり、少し傾斜があるところは、ロープが渡してあったり。

 5分くらい歩くと、すぐに小川が見えた。流れは下より少し速い。


「涼しいね~」


 誰よりも汗をかいてる雛乃が、嬉しそうに言った。確かに水飛沫が周囲の空気に溶け込んで、体感温度は低めだ。


「ここら辺、苔が生えてます。気を付けて」


 パパの後ろを歩いてる康生が段差を下りた後、注意喚起。と同時に、雛の手を引いてあげて、転ばないように慎重に下ろしていた。


「なんか、クッツーさ、頼り甲斐が出てきたよな」


「うん、ママの一件が完全に覚醒させたかも」


 千佳とそんな会話をしてると、


「洞口さん」


 彼女も康生に呼ばれる。


「お、おう。よろしく」


 少し照れたみたいに言いながら、素直にエスコートされる千佳。

 続いてアタシも。ゆっくり足を下ろしながら、繋いだ康生の手を支えにして、足場を踏む。確かに少しヌメってるな。


「ゆっくり、ね」


 優しい声音に、ドクンと一つ心臓が跳ねる。と、そこで散漫になってしまったのが良くなかった。もう一つ先の石を踏んだ時、ツルンと靴底が滑った感触。


「ひゃっ!」


 背中がヒヤリとして、同時に体が傾く。やばっ!

 視界が少し上がって、木々の合間の空が見えた。足の裏が地面を離れかける。


「星架さん!」


 だけどアタシはこけなかった。力強い手に引き寄せられ、体まるごと捕まえられていた。物にでもなったかのように、軽々と。少し足が浮いてる。


 そして、そのままゆっくりと地面に下ろされる。顔を正面に戻すと、康生の真剣な顔。やばいくらいカッコいい。


 お尻に食い込んでる左手。繋いだ手を引っ張った後、背中に回された右手。この逞しい二本の腕で抱えられて、転倒を免れたんだ。


「大丈夫か!?」

「大丈夫!?」

「星架!」


 先に行ってた3人の声もどこか遠く、アタシは目の前のカレシにバカみたいに見惚れ続けていた。

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