197:陰キャに水着を見せた

 <星架サイド>



 ほんの少し捻ったかも知れない足を川に浸して、その流れを感じていた。ついでに体の火照りも冷ましたいけど、そっちはまさに焼け石に水の状態で。


 ちなみに千佳と雛は二人でカニを探して遊んでいて、パパは早々に良いポイントを探しに出掛けてしまった。結局、アタシの傍についててくれてるのは康生だけ。まあ多分みんな気を遣ってくれたのもあると思うけどね。


「……」


「……」


 隣に座る康生をチラリと窺う。ぼんやりと川の流れを見ていた。もしかしてアタシだけ? 辛抱たまらなくなりかけてるのは。

 そんな風にも思うけど、ここまで歩いてくる間に、体をベッタリ密着させながらエスコートしてくれたのは、用心の為だけじゃない気もしてて。吊り橋効果よろしく、危機を脱した安心感をお互いの体温で確かめ合いたい、そんな本能的な欲求があったように思う。


 端的に言って、康生にも情欲の熱を感じてしまったというか。

 こんな裸に近い状態で抱き合うの、相当やばくて。理性が焼き切れる。正直こっちからも体こすりつけそうになったもんな。


 と。考え事をしていたら、いつの間にか康生がこっちを窺うように見ていた。


「水着……」


「え?」


「パーカー脱がないんですか?」


「……」


 再びカアッと胸の奥が熱くなる。アンタ、それもう。アタシの半裸が見たいって言ってるようなモンだよ。分かってんの? 


「見たいの?」


「……うん」


 多分、まだ親友状態の頃なら割とすんなり脱げたと思う。そりゃアタシはあの頃から康生のこと好きだったから、恥ずかしさはあっただろうけど、それでも露出の多いファッションとして、見せられたと思う。


 でも今はもう、お互いカラダを見せる、見るという意識が強すぎる。完全に性的な視線になるって、理解してる。だから、中々パーカーのチャックを下ろせずにいたんだ。


 でも、


「見せて……くれませんか? 僕のために着てくれたんですよね?」


 ちょっと不安げにそんなこと言われたら。


「……当たり前だし。他の誰に見せるんだよ」


 そうだ。康生を悩殺するために着たんだから、いつまでも勿体つけてても仕方ない。パッドまで入れて盛ったことだし。


 すう、はあ、と大きく深呼吸。豊潤な植物の香りと、しぶく水の匂い。


「……あっち向いてて」


「あ、は、はい」


 緊張で上擦る声を出して、康生がこっちに背中を向けた。肩甲骨の辺りにも少しコブのように筋肉がついてる。すごいな、男の子って。


 まあ……アタシだけカラダ見せないのは、フェアじゃないよね。うん、フェアじゃない。だからこれは不平等の是正でもあるんだ。正しい行いなんだ。


「……っ!」


 ジーッと一思いにチャックを下ろし、パーカーを脱いだ。少し乱暴なくらいの勢いがあった。

 もう本番の予行演習にしか思えなかった。逆にプラスに考えよう。この子の前で、この子のために服を脱ぐという経験を先んじて出来た、と。


 脱いだ後、自分で体を見下ろし、最終確認。イエローのビキニタイプ。シンプルなデザインな分、着る人間のスタイルが際立つ。胸がそこまで無いから、こっちで魅せないと。


「もう……いいよ」


 声を掛けると、康生の背中がピクッと動いて、こっちをゆっくり振り返った。

 目を合わせられなくて、俯いてしまう。衝動的に腕で体を隠したくなったけど、なんとか堪える。


「す」


「す?」


「すごく……魅力的です」


 蚊の鳴くような声で褒められた。


「あ、アンタが見たいって言ったのに、そんな照れんのかよ」


「だ、だって。本当にすごくキレイで」


 チラリと顔を上げる。熱のこもった目とぶつかり合う。キス、されそう。でも今、こんな肌と肌が触れ合うようや格好でキスまでしてしまったら……


「おーい! クッツー! 網貸してくれー!」


「魚がいるー!」


 と、ここより更に川上で遊んでた千佳たちの大声が聞こえた。

 ちょっと危ない空気に染まりかけていたのが、それで霧散する。正直、ホッとした。こんな場所でダメに決まってるのに、理性が役目を放棄しそうになってたから。


 康生も全く同じのようで、千佳たちの声で催眠術が解けたかのように、目に冷静な色が戻っていた。二人で顔を見合わせて苦笑する。


「僕たち、ちょっと周りが見えなくなってますね」


「うん。日ごとにね」


 いつか、と康生は言ったけど、その日は多分もうすぐそこだ。

 ただその前に、ケジメとしてパパに自分の口から報告したいんだろうし、もっと言うと、たぶん我が家の問題が(どう転ぶにせよ)決まってから。そんな風に康生は考えてくれてる気がする。


 アタシの家庭の問題。アタシと自分の進展。どっちも凄く大切にしてくれてるの、ヒシヒシと感じるし、だからこそ両天秤では進められないんだろう。


「さ。あっちに合流しましょうか」


「うん」


 立ち上がった康生の後を追って川縁を歩く。逞しい背中に、体をくっつけたくなる衝動を今はまだ必死に抑えつけながら。

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