198:ギャルとBBQする

 昼前。先程の体験コーナーまで戻ってきた。川遊びでエネルギーを消耗しすぎて、お腹がペコペコだ。ちなみにさっきの中流にはあまり大きな魚が居なかったらしく、誠秀さんは小魚を釣っては放していた。


 更にもっと上流に行くか、この先の釣り堀で我慢するかの二択。間違いなく彼としては前者を選びたかったんだろうけど、自重してくれた。


 まあ山登り用の装備でもないから危ないし。そもそも引率に来たのに子供たちだけでバーベキューさせてたら、本末転倒だもんね。


 処理の済んだ魚を受け取り、コテージ傍へ。すると管理人さん夫婦が四本足のバーベキューコンロをセット中だった。


「ああ、ありがとうございます」


 誠秀さんと僕とで駆け寄って、お二人を手伝う。当然ながら、契約としては「コンロの貸出」までで、こういうセッティングは向こうさんの御厚意だ。

 そして、手伝うまでもなく、ほぼほぼ完了してるみたいだった。ありがたいやら申し訳ないやら。みんなでお礼を述べると、嬉しそうに笑って、ご夫婦は戻って行った。


「またキャンプすることがあったら、ここに頼みたいですね」


 と僕が言うと、女の子たちはコクコクと頷いていた。


 何はともあれ、待ちに待ったバーベキューだ。肉の前に、ピーマンやシイタケ、人参といった火の通りにくい野菜類。午前中にコテージ内のキッチンで大まかにカットしておいたそれらを、順々に網に乗せていく。


「良い匂い!」


 炭が熱を持ってくれるまで10分くらい待たされたんだけど、その分のリターンはありそうだ。実際、香りだけじゃなくて、お味もガスコンロで焼くより上等だしね。

 重井さんがまん丸のお手々で持った箸をフラフラと彷徨わせている。野菜に火が通り始めたところで、遂に真打登場。僕と星架さんが往復1時間半かけて調達してきた、あのお肉たちだ。


「相変わらず、良いサシが入ってるよね~」


 恍惚とした表情の重井さん。「相変わらず」というワードに、彼女が恐らく何度も肉を眺めて昨日を過ごしたことが窺い知れる。


「悪いね、みんな。私までご馳走になってしまって」


 誠秀さんが微苦笑を浮かべながら言った。子供の成長を喜ぶ年長者然とした、優しい瞳をしていた。彼は星架さんだけじゃなく、重井さん洞口さんも幼い頃から知っている。そんな彼女たちが大きくなって自分たちで用意した材料で食事を振舞ってくれるとなれば、こんな顔にもなるんだろうね。まあ僕だけは付き合いが浅いから、何とも据わりが悪いけど。


「よっしゃ。牛タンいくべ。すぐ焼けるからすぐ食える」


 洞口さんが鉄の箸をパックに突っ込んで、掬い上げるように数枚まとめて薄いタン肉を掴んだ。それを豪快に網の上へ広げた。ジューと小気味よい音がする。


 僕はみんなに紙皿を配り、焼肉のタレもボトルを順番に回していく。


「本当はタンはレモン汁派なんだよな、ウチは」


「へえ。僕の家はタレか塩ですね」


 そんな益体のない話を洞口さんとしていると、星架さんが先程の鉄箸でカルビとロースを適量掴んで、網の上に追加。白い煙が上がる。


「わはは~! お肉がいっぱいだ~」


 心底嬉しそうな重井さん。焼けた牛タンを割り箸で摘まんで、タレに通したかと思うと、次の瞬間には消えていた。は、速い。皿から口までの箸の動きが凄まじかった。


「康生、こっからは戦争だよ」


「え?」


 星架さんの言葉の真意を計りかねて振り返り、


「こら、雛。速すぎんだよ!」


 洞口さんの怒声にもう一度コンロの方を向く。すると肉が半分近く減っていた。妖怪・牛カルビ獣でも出没したのかな。


「まだあるよ~、こんなに」


 畳みかけるように新ネタ。というか、生肉を指さされても……それを育てて食べようとしたって、また取られるんじゃ、一生ありつけないから。

 と、そこで。


「雛乃ちゃん」


 誠秀さんの冷静な声がかかる。


「キミのお父さんから、あまり食べさせ過ぎないようにと言われててね」


「むう」


「それに皆で仲良く分けて食べた方が美味しいよ。ね?」


 嚙んで含むように。やがて重井さんも、コクンと頷いて、配分案を了承してくれた。彼女だって別に悪い子じゃないんだから、本当に独占しようと思ってたワケじゃないと思う。ただ午前中に動きすぎて、純粋にお腹が空きすぎてただけなんだ。


 けどやっぱり誠秀さん、年長者らしく頼り甲斐のある人だ。僕たちだけじゃ、重井さんが可愛くて、あまり強くは注意しなかったかも。

 と。視線を送りすぎていたらしく、誠秀さんが僕を振り返った。


「……ん? なんだい?」


「いえ。えっと……そっちのシイタケとカボチャ、頃合いかと」


「ああ……ありがとう」


 誠秀さんはシイタケを箸で摘まんでタレにつけると、ノンアルビールと一緒に喉へ流し込んだ。

 ……こっちもそろそろ頃合い、か。改めてご飯が終わった頃に、時間を取ってもらおう。隣の星架さんと目が合うと、彼女も僕の意図を察したらしく、しっかりと頷いてくれた。

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