195:ギャルと魚を捕った

 イワナの摑み捕りは思った以上に簡単だった。

 まず天然魚ではなく、近くの人工設備で育った養殖モノ(初めて聞いた時は割とショックだった)を使うらしく、その培養イワナたちを川に放流。その後、逃げられないように、網で仕切りがされる。その区画の中で、客たちが摑み捕りをする、という寸法だった。


「なんか、ちょっと残酷だよね~」


「うん、残酷ショーだ」


 重井さんと星架さんが口々に。


「こんな残酷ショーはあまり見たことが……テカリンピックくらいですか」


「やめろ、アレを思い出させるな」


 捨て台詞のように言い残して、ジャバジャバと裸足で水を掻き分け、網の方へ魚を追い詰める洞口さん。

 行き場のない、その魚を両手で掴んで持ち上げる。活きが良いのか、ビンビンと跳ねるように身を捩る。


「うわっぷ。やばい、やばい。クッツー!」


 呼ばれて咄嗟に網を差し出す。すぐさまそこに放り込まれた魚の重みに、一瞬腕が下がった。


「康生~! こっちも~!」


 振り向くと逆サイドに星架さんと重井さん。二人も洞口さんと同じ要領で魚の追い込みをしていた。ジャパジャパと浅瀬を歩いて、そっちへ。


「わはは~! ヌルヌルしてる~!」


 重井さんも珍しくアクティブだ。魚が暴れる動きに合わせて、二の腕のお肉もタプンタプン揺れてる。

 近づいて行って、回収。星架さんもそのすぐ横で捕まえたみたいで、そっちにも網を差し出す。


「おもっ!」


 3匹入ると、流石にキツイ。しかも往生際悪く暴れるヤツもいるせいで、腕にみるみる乳酸が溜まる。


「沓澤くん」


 と、そこで岸の方から声がかかる。誠秀さんだ。ようやくタスクから解放されたらしい。バケツを掲げてる。なるほど。ここに入れろ、ということか。


「ありがとうございます」


 正直、助かった。あのままだと網の持ち手が曲がるんじゃないかとヒヤヒヤしてたし。或いは網目が破れるか。


「あ、パパ! 着替えてきたんだ」


 先程までのスーツ姿から、ポロシャツとチノパンに替わっている。動きやすそうな格好。ただ、それでも水に入ろうとすれば、裾をまくり上げないと、濡れてしまいそうだ。けどそもそも、彼はこの残酷ショーに参加する気はないみたいで、


「魚を預けたら、上流の方へ行ってみないか?」


 そんな提案をしてきた。

 と言うか、よく見たら傍に釣竿とクーラーボックスがあった。なるほど、そっち派か。


「お、良いじゃん。ウチもこんな軟弱な養殖魚じゃ物足りんかったところよ。おじさん、案内してくれよ」


 ニヤリと不敵に笑う洞口さん。遅れて集まってきた星架さんと重井さんも、話の流れは察しただろうけど、反対はないみたいだ。


「でも、山の方に入って大丈夫なんですか?」


「さっき管理人さんたちに聞いたら、近くなら大丈夫だと言われたよ。客はほとんど行かないから、穴場になってるそうだ」


 その穴場というのは、釣り的な意味でだろうな。まあでも人が少ないのは嬉しい。なんだかんだ、この残酷ショーの方は利用客もそれなりに居るし。


「人が少ねえんだったら、水着に着替えるか」


「賛成~」


 なるべく平静な顔を作ってるけど、内心はバクバクだ。星架さんの水着……スレンダーでしなやかな、いつも抱き締めるその体が、僅かな布地を残して露になる。知らずゴクリと生唾を飲んでいた。


「クッツー、鼻血出てんぞ?」


「なに!?」


 思わず鼻を押さえる。だけど血の匂いもしなければ鼻の奥に熱もなかった。ああ、これは……たばかられたっぽい。


「なに!? だって! ウソでしょ、あははは」


「今日日、漫画の雑魚敵でも言わんぞ! なに!? ぷふっ! あはははは!」


 ギャル二人に爆笑される。そんなに変だったかな。そう思って誠秀さんを見ると、愛想笑いや苦笑いよりも深い皺が口許に寄っていた。あ、やっぱ変だったのか。まあでも、誠秀さんにウケるのは少し嬉しい。打ち解けたとまでは言わないけど。


 僕たちは捕まえた魚5匹を係の人に渡すと、昼頃に取りに来るから、それまでに処理しておいて欲しい旨を伝えた。1匹あたり500円を支払って、摑み捕り体験コーナーを後にする。


 そして先に僕だけコテージで水着に着替えて(誠秀さんはやっぱり川に入る気はないみたいで、着替えはナシ)外へ。女子3人に割と無遠慮にジロジロ見られる。しまった、Tシャツくらい着ておけば良かったな。


「ほえ~、やっぱクッツー、中々ガタイ良いんだな」


「うん。インドア派なのに凄いよね~」


 洞口さんと重井さんの感心したような声。

 僕は恥ずかしくなって、体を別方向に向ける。すると星架さんとバッチリ目が合った。ポーッとした瞳。そこに確かに情欲の熱を見た。

 僕の視線に気付くと、少し赤くなった顔を伏せ、


「あはは……似合ってるよ、康生。か、カッコイイ」


 小さな声で褒めてくれた。


「は、はい。ありがとうございます」


 僕も多分、顔が真っ赤だ。後ろからニヤニヤ笑いの波動を感じるけど、ちょっと振り向けそうになかった。

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