194:ギャルとコテージに入った
全員でコテージの管理人に挨拶をして「本日はよろしくお願いします」と互いに頭を下げ合った。聞けばご夫婦で経営されているそうで、旦那さんが数年前にアーリーリタイアして始めた商売だとか。お二人とも穏やかな笑顔を浮かべて寄り添っている姿に、なんだかこっちも癒された。
旦那さんに案内される形で、丸太づくりのコテージ内に入る。木材の匂いがする。ウチの
「うーん。良い感じ」
「ね」
星架さんと洞口さんが同じタイミングで深呼吸して、中の空気を味わっていた。そして星架さんが自分のリュックをカーペットに下ろすと、
「あ! ウチ、リュック、車に忘れてるわ!」
なんて慌てる洞口さん。クルリと踵を返した彼女に向って、僕はお腹側に掛けたリュックをポンポンと叩いて示してあげた。
「お、おう。サンキュー、クッツー」
ていうか、今まで気付いてなかったのか。どんだけ大自然に心奪われてるのさ。苦笑しながら、星架さんの荷物のすぐ横に置いてあげた。
「さて、じゃあバーベキューしよっか~?」
「早い早い。まだ9時前だぞ」
「バーベキューの前に、魚を捕らないと。イワナの摑み捕り体験」
特に予約とかは要らないらしくて、時間になった時に集まっていればいい、とのこと。ここら一帯のコテージ経営者たちが共同で管理してるみたいで、その利用客は誰でもオッケーという緩さ。なんか偽ろうと思えばいくらでも出来そうなレベルに思えるけど、こういう性善説ありきのシステムは牧歌的で好きだ。
「水着とか要る系?」
洞口さん、意外と調べてないな。口だけの所あるとか、星架さんも以前言ってたっけ。
「いえ、浅いらしいので大丈夫かと。かなりキッチリ管理された所みたいですしね」
「へえ。どんな感じやろ」
「まあ行ってみるのが早いんじゃね? 次、9時半からやるらしいし、一休みしたら行ってみようぜ」
部屋に入る時に旦那さんが渡してくれたパンフレットをペラペラ捲っていた星架さんが、顔を上げないまま言った。イワナ捕りの案内が書かれたページを見つけたらしい。
そんなワケで、僕らはタオル数枚とTシャツの替え、魚網を持って、外へ出た。
すぐに旦那さんと奥さんが駆け寄って来て。
「イワナですか?」
「はい。手ぶらで参加できるんですよね?」
代表して僕が訊く。誠秀さんは少しメールを送らなくてはいけないらしくて、遅れて来るそうだ。大変だなあ、本当に。一日まるっきり仕事のことを考えないで済む日は果たしてあるんだろうか。
「ええ、ええ。バケツや網も無料でお貸ししてます」
と旦那さん。言いながら僕が持つ魚網を見て、苦笑した。女の子たちも「ははは」と笑う。要らなかったのか。僕も洞口さんのこと言えないな。もっとよく調べておけば良かった。
まあ折角だから持っていこうという話で落ち着いて、僕たちは歩き出す。
森を少し逸れるとアスファルトの道に出る。さっき車で走ってきた通りだね。そこを南へずっと歩いていく。
「空でっけえ」
遮蔽物が山くらいしかないから、空がやたら広く大きく見える。青い青い空。連なる電柱も、はるか先まで見える。ミーンミーンとセミの声が反響するのに混じって、水の流れる音も聞こえた。側溝を覗くと、透明に透き通った水が流れていて、その中を小魚が泳いでいた。
「すっげえ自然」
「
駆け抜けていくそよ風に、ピンクのインナーツートンの髪をなびかせながら、洞口さんが山の稜線を見上げる。
「そんなに好きなら、将来は田舎暮らしとか考えてるんですか?」
「うーん。仕事次第だわなあ。アンタみたいに将来やりたいことも決まってないし。どこで何することになるのか、見当もつかんから」
確かにそうか。田舎で暮らしたいと思っても、仕事がなければ無理だもんね。
「お仕事か~。おじさん見てると、働く意欲なくなるよね~」
「ああ。まあアレは特殊な仕事だからなあ。タレント第一になってしまうし」
星架さんが苦笑交じりに答えた。
僕はつい後ろを振り返ってしまう。誠秀さんの姿はまだ見えなかった。
「いっそ、ウチもクッツーと結婚して養ってもらうか。第二夫人で」
「い!?」
「こらー!」
胃に悪い冗談だ。カラカラと笑ってる洞口さんを、星架さんが噛みつかんばかりに威嚇してる。
「じゃあ私は第三夫人~」
「アンタは……ペットだろうな。エサ代のかかる」
「ええ!? ひどいよ~!」
ワイワイガヤガヤ。
でもそっか。あと何年かしたらこの仲良し幼馴染たちも進学や就職で今のような頻度では会えなくなるんだよね。結婚の冗談も、そんな未来を一瞬でも考えてしまった故の、感傷が言わせたのかも知れない。
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