193:ギャルと車に揺られた

 うちの両親と誠秀さんが、社交辞令を交わし合い、「では本日はよろしくお願いします」と母さんが締めくくる。頃合いで僕はワゴン車の後部座席にお邪魔する。菓子折りは僕は渡さなかったけど、いつの間にか父さんたちが用意していたみたいで、誠秀さんは受け取ったそれを、車のダッシュボードに収納していた。


「……今日はありがとうございます。よろしくお願いします」


 乗り込んだ後、改めて僕からもペコリと頭を下げた。


「ああ、キミとも近いうち話さなくちゃいけないと思っていたからね。渡りに船だったよ」


 三列目に座る僕に、バックミラー越しに穏やかに笑いかける誠秀さん。


「まずは妻の体調不良の件、本当に助かった。ありがとう」


「あ、いえ。そんな、全然たいしたことは出来ませんでしたから」


 車がゆっくりとクリープで走り出す。このまま更に東へ向かい、海沿いを走るハイウェイに乗るのだ。


「謙遜はよしてくれ、妻も娘もすごく感謝している。もちろん私も」


「は、はい。ど、どういたしまして」


「……」


「……」


 どうしよう。今この場で、星架さんとの交際報告をするのって、やっぱ変だよね? 向こうに着いて、一拍置いて、星架さんと僕の二人で改めてお話というのが筋だよね。

 ていうか、タイミングをもっとキチンと相談しておけば良かった。そんな風に少し後悔しかけた時、


「クッツー、ちゃんと魚網とか持ってきたか?」


 沈黙を嫌って、洞口さんが隣から話しかけてくれた。空気の読める人だ。


「ええ、炭と水も」


 男の僕が重たかったり嵩張ったりする荷物を用意&積み込む係だった。バーベキューコンロはホスト側が貸してくれるみたいだけど、炭だけは利用者が各自で用意して欲しいとのことだったから。


 そこからは洞口さんと僕、二列目の重井さん辺りで、ダラダラと駄弁る展開になった。僕が知らない、小学校高学年から中学時代の星架さんの話が聞けて、かなり新鮮だった。時折、星架さんの失敗談なんかになると、助手席の本人が「こらー!」と怒鳴って、また一段と賑やかになる。


 誠秀さんのお仕事の話なんかも興味があったんだけど、割と守秘義務まみれで話せないらしい。所属しているアイドルのイベント日程が漏れたりすると、大袈裟じゃなく身の安全に障るそうだ。僕が「ひえ」と率直な声を上げると、それが迫真の裏返り方をしてたみたいで、車内に爆笑が起こった。


 僕はその笑いの渦の中、ミラー越しに誠秀さんの表情を窺った。白い歯を見せて笑っている。良かった。交際のご挨拶がまだなこと、気にしてはいなさそう。

 ならやっぱり向こうについて機を見て、で大丈夫かな。


 と、そんなことを考えてると、


「お、蜂王子(はちおうじ)インター。もうすぐやね」


 助手席の星架さんが、少し弾んだ声で言った。ここを過ぎたら目的地の多魔(たま)までも、もう一息らしい。僕はこっち方面、初めて来たからよく知らないけど。


「おじさんは、よく来るよな? 都心まで行く時、通るべ?」


 洞口さんが話を振ると、運転席の誠秀さんが、ああ、と受けた。


「まあね。ただ横中にもスタジオが結構あるし、本社移転案もあるけど……っとと、部外秘だな」


 茶目っ気か素か、判断に困るけど、ミラー越しの彼は薄く笑っていた。

 そっか、でも都心か。横中と沢見川でも遠いのに、お仕事中は更に遠いのか。物理的な距離が、必ずしも心の距離と連関するワケじゃないだろうけど……


 ふと、思った。星架さんがコネを使うことに抵抗を覚えながらも、モデル業を続けてるのは、もしかしたら、「やりたいから」以外にも、誠秀さんとの繋がりを保つ意図も含んでのことなのかも知れないと。意外といじましい(いじらしい)所あるからね、星架さん。


 それからもポツポツとした会話が続き、20分ほど車に揺られ、多魔に入った。青々と茂る木々の枝が両サイドから被さり合い、アーチのようになった道を走った時は、洞口さんがウットリしていた。本当にこういうの好きなんだね。まあ僕もエモいなとは思ったけど。


 そこから更に数分。ようやく目的地が見えてきた。直線の先、大きなコテージが森林の中にポツポツと建っている。その内の一つに寄せ、傍の駐車スペースに誠秀さんが車を止めた。洞口さんがワクワクを抑えきれない様子でドアを開け放つ。彼女が忘れたリュックをお腹に抱えて、僕も後に続く。


「うわあ」


 ひんやりしてる。濃密な緑の香りと、独特の冷気。名前も知らない野鳥の鳴き声が聞こえた。


「良い匂い!」


「おお、涼しー!」


 後から降りてきた重井さん、星架さんもテンション爆上がりみたいだ。両手を広げて、顎を突き上げて、鼻をスンスン鳴らしている。

 僕も深呼吸を一つ。コテージへ走る洞口さんを追いかけた。

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