192:陰キャを拾いに行く

 <星架サイド>



 そしていよいよ、キャンプ当日の朝を迎えた。ママは珍しく昼からのシフトで仕事に行く。つまり、パパがアタシを車で迎えにくる、その時に見送りに出てくれば会えるのだ。

 

 多分だけど、ママは自分から今日のシフトをそうした。自分もついて行くとは言い出せないけど、一目くらいは、という事だろうな。煮え切らない。気持ちは分からないでもないけど、いい加減、素直になりなよと思ってしまう。


「帰りは? 帰りもここまで送ってもらうの?」


 アイライナーを走らせながら、こっちを見ずに聞いてくる。昼からのシフトなのに、朝早くからそんなに気合い入れてる時点でさあ……まあ、今はやめとこう。


「うん、その予定。仕事のトラブルとかがなければ」


「そう」


 素っ気ない返事。わざとらしい。アタシは聞こえないように小さく溜め息をついた。


 それから15分ほど。パパから到着したとレインが入った。横中から、千佳、雛乃の順に乗っけて来てるハズ。ここでアタシを乗せて、最後に康生を拾って海沿いのハイウェイに、という流れだ。


「ママ、パパ下に着いたって」


「……うん」


「来ないの?」


「……」


 めんどくさ。子供かよ。


「ほら、行くよ。その為にメイクしたんでしょ?」


「別にそういうワケじゃ……」


「もう! 折角ちょっとパパが歩み寄ってくれてるんだからさ!」


 いつまでお姫様ムーブしてんだか。ここまで来てくれてるのに、天岩戸じゃ本当に愛想尽かされるよ。ママのこういう所は本当ダメ。いつも強気のくせに、肝心な所でヘタレる。

 …………いや、アタシも康生相手にやってもうてたな、そう言えば。血は争えんってヤツか。はあ、似たくなかったよ、こんなとこ。


「行くよ!」


 ママの手を掴んで強引に立たせる。そのまま、玄関まで引っ張っていく。


「ちょ、ちょっと。分かったから! 痛い痛い!」


 結局、エントランスを抜けて外に出たのは、それから更に5分くらい経ってからだった。


 ピッと小さくクラクションを鳴らした黒のワゴン。すぐにトランクのドアがパカッと上がった。荷物を載せろってことか。だけどその前に。


 アタシはそっとママの背中を押す。地蔵みたいに重かった。もう! いい加減にして。


「ほら!」


 強く押すと、2、3たたらを踏んで、運転席の近くへ。窓越しにパパも一瞬目を泳がせたのが見えたけど、やがてボタンを操作して、窓を下げた。


「……」


「……」


 気まずい沈黙。後部座席から、雛と千佳も固唾を飲んで見守っている。

 やがて。パパが微妙にママの目から視線を外して、


「久しぶり、だな」


 そんな挨拶をした。少しぎこちない。ただそれでも、向こうから一歩踏み出してくれたのには変わりない。ママの返し次第では、パーフェクトコミュニケーションも……


「うん……」


 あるワケないよね。

 なんだ「うん」って。親戚のおじさんに話しかけられた人見知りの小学生かよ。この様子だと数日前の電話でも、実はあんまり上手く話せなかったんだろうな。


「6月か? 最後に会ったのは」


「うん。不動産関連で」


 そんな名目で確かに数ヵ月前に会ってたね、二人。そっか、でももうそんなに経ったんだな。


「……」


「……」


 また沈黙。間に入りたくなるけど、グッと堪えた。雛はともかく、千佳もこういうグズグズしてるの苦手な方だけど、ジッと耐えて本人たちに任せてる。


「……少し痩せたか?」


「……うん。結構、体動かすから」


 ママ、元から別に太ってはなかったから、少し痩せ型になってしまったかも。

 そしてそれは仕事のせいだけじゃない、と思う。


「……気を、付けてな」


「……アナタも」


 それを最後にまた沈黙が下り、そしてママはそれに耐えきれなくなったかのように、早歩きでアタシの脇を抜け、エントランスへと戻って行った。


 腕を掴んで引き留めることも出来たけど。アタシは今日はここで十分だと考えた。こういうデリケートなのは焦って一気に成果を求めちゃダメ。康生のトラウマ関連で学習したんだ。


「……星架、荷物は後ろに」


「あ、うん」


 パパは何だかんだ言っても冷静だ。

 アタシは言われた通り、ワゴンの後ろにボストンバッグを放り込み、前に回って、助手席に座った。


 すぐに出発。アタシは窓から7階を見上げた。見えるハズもないのに、ママの姿を探す。見送っててくれたら良いのになって。


 昔、体の調子が良くて家にいた時、ママと一緒にパパの出勤を見送るのが好きだった。だからつい、あの日々のように……


「あ!」


 ベランダに出てきた人の姿が一瞬、見えた。さっきまで見てたママの青いニット。


「どうした?」


 唐突に声を上げたアタシを、パパが流し目で見る。


「ママ、見送ってくれてた」


「……そうか」


 パパの表情は変わらなかったけど、こっそりハンドルを指でトントンと叩き始めた。若い頃に楽器をやってたパパは、機嫌が良い時このクセをする。

 アタシは気付かれないように小さく笑った。

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