191:陰キャと坂を上った

 <星架サイド>



 雛乃とこまめに連絡を取りながら、美味そうな肉をドカ買いして、会計で卒倒しそうになって。帰り道の上り坂にまた気が遠くなって。パンパンになった前カゴの重さに顔をしかめながら、康生はゆっくりと自転車を押す。


「重井さんに甘すぎますよね、僕たち」


「それな」


 まんまるボディに、良いように使われてるわ。


「けど、千佳も結構な量、買わされたみたいだね」


 千佳も何だかんだ、雛乃が可愛いんだよね。そう考えると、アタシらのグループのトップはあの子か? なんか納得いかんなあ。


 康生が少し首を伸ばして、隣を歩くアタシのスマホを覗き込む。千佳の撮った戦利品の画像を見て、たははと笑う。


「まあけど、重井さん、野菜も食べるから、そこは救いですよね」


 それはある。この上、偏食だったりした日には、10代と言えども健康不安がマッハだ。


「野菜も食べるけど、肉も魚も、甘い物も辛い物も。つまり……全部食いすぎなんだよな」


 あのボディを維持してるのは伊達じゃない。


「こんだけ買い込んだけど、ワンチャン、足りないよ~とか言われないか心配はしてます」


「ありえるんよねえ」


 傾斜が更にキツくなってきた。康生がグッと腕に力を込めると、また筋肉の上を這う血管が浮いてきて、アタシは少しドキッとする。


「……誠秀さん、本当にバーベキューご馳走するだけで良かったんでしょうか」


 康生、まだ気にしてるのか。

 実は「当日は菓子折り持っていきます」とか言い出したから、全力で止めたんだよね。まあ康生としても、男親に娘との交際報告するのは中々に勇気が要るもんだから、せめてもの点数稼ぎをしたいって事なんだろうけど。


「大丈夫だって。パパ、むしろ今回のママのことで康生にお礼しなくちゃって言ってるくらいなんだから」


 お礼をしたい人が菓子折り貰ってちゃ、ワケわかんないでしょ。

 まあ代わりにバーベキュー奢るってのも、どうなんだろう? って感じだけど。


「てか、普通にキャンプ代、全員分サラッと出してくれそうな感じする」


 いや、別に期待してるとかじゃないけど。パパも社会人(しかも高給取り)として、子供に奢られっぱなしは微妙だろうからな。バーベキュー代はアタシらの顔を立ててくれる代わりに、そっちは自分が出す、と。多分そうくるだろうな。

 

「まあ取り敢えず、何より大事なのは星架さんとのこと、キッチリご報告することですよね」


「そうそう」


 物とか礼とか、二の次なんよ。結婚の挨拶じゃないんだからさ。


「で、認めてもらった後……」


「そう、だね。30日、誘う」


 康生もその場に居てくれる手筈だ。恋人のご挨拶をして、他人じゃないと認識してもらった上で。


「……いざとなったら」


「え?」


「いざとなったら、僕も説得に加わっても良いですか?」


「う、うん」


 やっぱり康生、すごく頼もしくなってきてる。良い意味で遠慮がなくなってきて、代わりに自分がやるんだ、アタシを守るんだって空気がすごい伝わってくるんだよね。メイク教室の時から、その兆候はあったんだろうけど、ママの搬送の件で開花したって感じかな。

 いずれにせよ。可愛いし面白いし優しいし、その上、頼もしさまで身についてきたら、鬼に金棒だ。マジで最高のカレシ捕まえちゃったなって、もう通算何度目かも分からない確信を抱いた。















 <康生サイド>



 坂道を上りきり、再び星架さんを自転車の後ろに乗せる。さっき勢いとはいえ胸を揉んでしまったけど、変わらず彼女はピタリと僕の背に抱き着いてきた。


 もう完全に触っても良いというお墨付きをもらったみたい。とは言え、遊びで触れすぎて、いよいよの時に新鮮味がなくなってしまったら失礼だし、なるべく控えよう。


 星架さんが大勝負を迎えようという時に、こんな不埒なことを考えて……とは思わなくなってきていた。というか星架さんの方も、僕が邪な気持ちになってしまうのを分かってて、全くスキンシップをやめない……どころか日増しに激しくなってるくらいだもんな。


 多分、僕は潔癖に考えすぎてた。愛情と性欲が両立してしまうと知らなかった。そりゃまあ初めて女性とお付き合いするんだから、知らなくて、分からなくて当然なんだけどさ。

 愛おしいから、もっともっと体をくっつけたい。離れてる数ミリがもどかしい。或いは衣服の隔たりが疎ましい。そんな風に感じてしまっている。


 ただ。いずれにせよ、星架さんとご両親の話がついてからだ。片手間に僕らの進展まで考えながらなんて、そんな散漫な姿勢で向き合っていい問題じゃないんだから。

 まずは明日。キチンと僕の立場を明らかにして、そして必要なら迷わず星架さんの支えになる。いざとなれば、誠秀さんたちに疎まれてでも。

 

 どうなっても星架さんを守れ。母さんと父さんの金言だ。


「よし」


「よしじゃないよ。道間違えてるよ、康生」


「え?」


 後ろから星架さんに言われて、僕は改めて今いる道を意識した。星架さんの家に帰りかけてる。あ、そっか。今日は重井さんのマンションだったね。


「締まらないなあ」


 星架さんに聞こえない程度に小さく呟いて、自転車を方向転換させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る