190:陰キャと風になった

 <星架サイド>


 そしてキャンプ前日、アタシたちは食材調達の旅に出た。

 アタシと康生で肉担当。牛肉のうまいヤツ、ソーセージも高いヤツ。この日のために、金欠でも手を付けなかった供託金が火を吹くぜ。


「んじゃ、ウチは野菜行ってくるわ」


 スターブリッジ号を借り受けた千佳が、その銀色の車体にまたがる。これから彼女は、雛乃のマンション近くのスーパーに向かう。明菜さん情報では、ここらで一番新鮮で美味い野菜を仕入れてるという。


 そしてアタシたちは康生の家の更に東、海沿いにある大型スーパー(肉の評判がピカイチらしい)に向かう。往復1時間半程度はかかるだろう長旅だ。

 ちなみに本日の集合場所は雛乃んちなんだよね。いつもアタシや康生んちを使わせてもらってばかりで悪いからって雛は言ってたけど。まあ実際は暑い中の買い出しを回避したくて、クーラーボックスの用意やら何やら理由を付けて自宅待機を勝ち取るためだったんだろう。


「ま、んじゃアタシらも行こっか」


「うん。後ろどうぞ」


 ちょい久しぶりだな、康生の後ろ。以前は照れ臭くて、ちょこんとお腹に手を回すくらいしか出来なかったけど……


「てい」


 今日はベタづき。肩甲骨の辺りにおっぱい押し付けて、意識までさせちゃる。

 って、正面向きだと、足を上手いことせんと、後輪に当たるんか。新発見。この体勢で2人乗り、初めてだもんな。


「い、行きますよ?」


 ちょっと照れてる康生が可愛い。もう普通に揉んだこともあんのに。

 やがて自転車が走り出し、アタシは更に強く彼の背中に抱き着いた。

 

 40分ほど漕いでいくと、道は緩やかな下り坂に差しかかった。康生はブレーキをチョビチョビかけながら、ゆっくりゆっくり下っていく。


 その肩に顎を乗せて、前を見ると、


「おお! 海見えんじゃん!」


 空の青に負けじと広がるマリンブルー。太陽の光をキラキラ反射しながら、それでもなお深い青。水平線上には、真っ白な入道雲が乗っかっているみたいだ。


「海なんて珍しくないでしょ」


「いや。こっちなんか来ないし」


 言ったら悪いけど、何もない。サーフショップとか、釣具店とかはあるけどさ。


「てか海を見るの自体、久しぶり。沢見川の海は初めてだし」


「そっか、子供の頃も」


「うん。入院ばっかだったしね」


 潮風が髪を撫で、磯の匂いが鼻腔を満たす。ほんの少しだけ康生のシャツから漂う柔軟剤の香りもした。

 しんみりする前に、

 

「いけ~! ロリ澤号!」


 と叫ぶ。


「だから、もう! 違いますってば! この!」


 康生が背中でも掻くみたいに腕を畳んで肩甲骨とアタシの胸の間に掌を差し込んだ。割とガッツリ揉まれてしまう。


「ひゃっ!?」


 アタシの悲鳴を聞いて、あはは、と笑う康生。すぐに手を引っ込めて、ハンドルを握り直す。してやったり、のつもりか知らんが、耳真っ赤だぞ。


「この! エロ康生!」


 後ろから両頬を摘まむ。アタシまでハンドル握ってるみたいだ。


「いひゃひゃ。あぶないでふよ」


「あはは! なに言ってるか全然わかんねえ」


 フラフラと坂を蛇行する二人乗り自転車。ついに大きくバランスを崩して、康生が両足で踏ん張って止まる。アタシは慣性に従って、前のめりになり、康生の僧帽筋に顔面を受け止められた。鼻にボールが当たった時の感じ。


「……っ」


 康生、メッチャ踏ん張ってるみたいで、筋肉が隆起してる。頬を押し返すような力強さ。状況も弁えずに、トクンと心臓が跳ねる。いやいや、マジで今はそれどころじゃないって。

 と、ついに均衡が破れて、


「星架さん、しっかり掴まって!」


 康生の注意が鋭く飛ぶ。アタシは反射的に、そのまま康生の体に手を回した。


「うわあああああ」

「おああああああ」


 運悪く、今さっきの場所あたりから、勾配がキツくなってたらしい。自転車を横に横転させることも出来ず、踏ん張った足が少し滑ったんだろう、そのままズルズルと傾斜に呑まれ、そして勢いよく車輪が回りだしたんだ。


「やべえ、やべえ、やべえ! はええって!」


「わかってますよ!!」


 もう一度、足を下ろしてフットブレーキを掛ける康生。もちろん、自転車のブレーキも全握りだ。

 アタシも後部座席から、フットブレーキ。今日、スニーカーだったのは天の配剤か。うおおお。足の裏がジョリジョリする。靴底、貫通してねえだろうな。


「あは、ははははは」


 なんか急にハイになって笑い出した康生。


「いま、ムカデみたいになってますよ、多分!」


 ちょっとスピードが緩まってきたおかげで、康生の声もハッキリ聞こえる。アタシは自分たちの姿を鳥瞰ちょうかんしたつもりになって、想像してみる。確かに、すげえダサい。


「ははははは」


 アタシも笑う。


 ちょっとコツを掴んだアタシたちは、フットブレーキを使って加速と減速を繰り返して坂を下り切った。ちょっと加速する度、ジェットコースターみたいにはしゃいで、笑い合って。こんなしょうもない事でも、康生と一緒だと楽しくて仕方なかった。

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