217:陰キャの察しが良かった

 <星架サイド>



 午後5時。あと1時間でパパがやってくる。途中で千佳と雛乃を拾って、その後は真っすぐに、ここへ。

 そして今ちょうど料理が完成した。盛り付けを整え、テーブルに全て並べ……そこまで終えると、ママが途端に不安げな顔になる。料理中は気が紛れていたんだろうけど、あとはもう待つだけとなった今、悪い想像をしてしまうんだろう。


 アタシはそっと康生を見る。いつもはポヤポヤだけど、流石に今は気を張っているようで、すぐに意図を察して頷いてくれた。


「あ、そうだった。重井さんの分のジュース、足りないかなって話してましたよね。すっかり忘れてた。僕、ちょっと買いに行ってきますよ」


 雛乃よ、ごめん。けど説得力ありすぎて、ママも違和感なく聞いてる。あるいは余裕がなくて細かい事に気が回らないだけかも知れないけど。


「康生、お金」


「ああ、プイプイで払いますから。ポイントつきますし」


 大丈夫だよと手をヒラヒラ振って、康生はそのまま出かけてしまった。後で渡しても受け取らんのよね。本当に優しい子だ。また何かで返してあげなきゃな。

 というか、ママもそのまま見送ってしまった辺り、やっぱ周りが見えてない。普段だったら強引にでもお札を握らせてる場面だろうに。


「……」


「……ママ」


「来るわよね?」


「え?」


「せ、パパ」


 誠秀さんと呼ぶべきか、パパと呼ぶべきか、迷ったような。だけど今は、アタシの父親としてではなく、ママの好きな人としての彼で呼んで欲しい。そう伝えると、少し恥ずかしそうに「じゃあそうする」と答えた。


「誠秀さん……本当に来てくれるの?」


 そして改めての質問というか、不安の発露というか。今更? と口をついて出そうになったけど、堪えた。


「ほら、レイン」


 アタシが窓口になってパパとやり取りしてるから、アタシの携帯にメッセが残ってる。それを見せた。というか午前も見せたんだけど。

 ……いや、分かってる。来ない可能性を本当に案じてるワケじゃなくて。ただただ単純に怖気づいてるだけなんだ。肝心なところでヘタレなんだから。


「ママ」


 アタシはその両手を握る。今朝、明菜さんにしてもらってアタシも落ち着いたから。真似っこじゃないけどさ。


「……誠秀さんに酷いこと言ったから」


「うん」


 色々と言ってたけど、一番はやっぱり「家のこと、なんにも顧みないクセに」ってヤツかな。パパとしては、アタシの病院のこと心配して方々あたったのに、全て不意にされて……顧みても通らないだろうって。そう思っちゃったんだろう。

 家の事やらせないママが言っちゃうと、ね。


「だからね、ママ。謝ろう? 今日の目標……まず謝ろう?」


 悪いと思っててもプライドが邪魔して謝れない。きっと誰にでもある心理だろうけど、大体これに従ってもロクなことにならないんだよね。


「……謝る、か」


「うん。本音を言えば、もう一歩とか思っちゃうけど、今日いきなり全部解決とか気負わないでさ」


 康生たちまで巻き込んで、成果が小さな一歩ってのも、心苦しいけど。焦っても良いことないのも事実。

 それに謝ることが出来れば、それを取っ掛かりに自然と今後も素直になっていけると思う。


 だから。


「まずは一歩から。アタシだって康生のこと、牛歩か? ってくらい、長期戦で挑んだからね?」


 自分のこれまでの歩みを思い返して、一人で苦笑してしまう。


「ママと同じく、やらかし後だったのも大きいけどさ。でも逆に言えば、やらかした後だって挽回は出来るってことなんだよ。そしてその為にはキチンと謝る。素直になって接する。これが肝心なんだと思う」


 結局は前にしたアドバイスと全く同じ。素直になりなさい。本当にそれだけ。


「そう、ね」


 ママも忘れてるワケじゃなくて、単にもう一度、背中を押して欲しかっただけなんだと思う。全く世話の焼ける。本当にただの女の子に戻っちゃったみたいな。だったらいっそ若返ったつもりで。


「もう一度、恋するみたいに、ゆっくりでも諦めないで詰めていって、歩いていって……」


 いつの間にか背丈を追いこしてしまった、その小さな体を抱き締める。


 倒れるまで働き、夫の有難みを知った。アタシとぶつかり合って、素直に本音を晒すことも出来た。ママは少しずつ変わっていってる。プライドの鎧を脱いで、生身で向き合おうと頑張ってる。パパ、お願い。今のママを見てあげてね。

 アタシは窓の外、横中の方角を祈るように望んだ。

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