8:ギャル信長
結局、押し切られるような形で、僕の写真が彼女のスマホに残るのを許可してしまった。断固として消してくれと迫れるほどの胆力は……僕にはない。情けないなあ。
「じゃあ、僕は作業に戻りますんで」
「作業」
少し刃を入れ始めた角材に目をやる。まあそこまで急ぐこともないんだけど、こう言ったら帰ってくれると踏んでのこと。やっぱ……水と油とまでは言わないけど、相性の良さみたいなのは全く見えてこない。住む世界が違うんだよね、きっと。
「ね、ね。今は何作ってんの?」
マジか。まさか今の流れで詰めてくるなんて。本当に距離感が僕とは違い過ぎる。ギャルすごい。
僕は困り果て、脇に置いてある段ボール箱を持ち上げ、机の上に置いた。
「うっわ! すご! これウサギ? こっちはカエル。え、マジ? ゾウとか作れんの!? ヤバくね? 人間国宝じゃん」
木彫りで動物を幾つか彫ったくらいで人間国宝になってたら、この世はでっかい宝島だよ。
「すっご、めっさ可愛い。目とかもちゃんとあんね。うわー、うわ。うわー」
次々と手に取って、下から眺めたり、横から突いたり。本当は、創作物って、ニスや塗料を塗りたてかも知れないし、接着待ちの物もあるかも知れないし、作業者に確認してから触るのがマナーってものだけど。まあこの人だし、仕方ないか。
「織田信長もありますよ」
「織田信長!? この流れで織田信長!?」
「これです」
別の段ボール箱から拾い上げて来た。たぶん一番有名な肖像画、座って澄まし顔したヤツをモチーフにしてるので、分かりやすいハズだ。着物の帯まで細かく彫ったり、立体感も出してある。
「マジ信長!! クッソ笑う」
溝口さんはゲラゲラ笑いながら、スマホでパシャリとやると、目にも止まらぬ速さでフリックしている。嫌な予感がして、
「溝口さん? まさかツイスタに上げてます?」
と訊ねる。
「あ! ゴメン、嫌なんだったよね?」
「まあ出来れば、やめてもらえると」
「ゴメン、マジでゴメン。もう上げちゃった」
恐るべし、SNS世代。息をするように共有する。たぶん、いや、間違いなく彼女に悪気はない。悪気がないからこそ、困ったもので。あまり作った物は見せない方が良いかも。
「ちょっと確認してみます。僕の顔とか家とか映ってないですよね?」
スマホで検索。えっと、アカウント名は……とまごついていると、横から細い指が伸びてきて、瞬く間に文字を打ち込んでいく。ハッとして隣を見ると、溝口さんの顔がすぐ傍にあった。切れ長の目と、高く形の良い鼻。微笑んだ口元から覗く歯並びも凄く綺麗で。ああ、黙ってると本当に美人だな、と思う。少し見惚れそうになり、慌てて距離を取った。
気を取り直して、スマホの画面に集中する。一番上の投稿、信長の画像と、「沓澤クンの作った信長。なんで信長作ろうと思ったのかも謎だけど、クオリティよ」と絵文字顔文字が乱舞した文章が綴られている。もうリプがついていて、チカという名前のアカウント(恐らく洞口さん)で、見ると大笑いしている顔文字が10個くらい並んでる。今またリプがついて、これは園田さんかな、「やはり埋もれさせるには惜しい逸材」と書かれている。いや、埋めといて。これくらい作れる人なんて五万と居るから。
僕は軽い眩暈を覚えて、スマホをオフにする。ポケットに戻そうとした所で、溝口さんから抗議の声が上がった。
「うわ、1スクロールもせんとか、アタシの私生活に興味なさすぎじゃね?」
いやだって、過去ツイ掘ってもギャルギャルしい生活風景が展開されてるだけだろうし、感想とか求められても困るし。
「こっちがプライベートアカウントなんですよね?」
「うん。前あげちまったのが、仕事用のアカウント」
「えっと。モデルさんでしたっけ?」
「そ。正確には読モだけどね。こっちは学外のフォロワーも沢山居る」
より人目についてしまったということか。
「その……やっぱりファンの人から、僕は叩かれてたりするんですか?」
「え? ないない。基本フォロワーは女子だから。へー、って感じだと思うよ。同じクラスの器用な男子のこと呟いただけか、って」
「良かった。今朝みたいなことになってたらどうしようかと」
「アレは男子がバカっつーか、何でもそっち方面に考えすぎなんよ。でも、迷惑かけたよね、ゴメン」
「あ、いえ」
それならプライベートアカウントでも僕のことは呟かないで欲しいんだけどなぁ。
「そのプライベートアカウントは……あのワンアップキノコみたいな人も知ってるんですか?」
「ワンアップ……宮坂の事か! ワンアップ!! アハハハ、教えてないよ、ハハハハ」
また笑い出してしまう溝口さん。こっちとしては全く笑い事じゃないんだけどな。
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