9:ギャルと約束した
「しっかし、これ可愛いよね」
「信長ですか?」
「ゲホッ。飲みモン飲もうとしてる時に変なこと言うな。カエルとかウサギとかワンちゃんのことだから」
ワンちゃんという響きに少し癒される。普段はガサツな感じのギャルなのに、犬は好きなんだな。
「いいなあ、部屋に飾りたい。いいなあ、可愛いなあ。チラ、チラチラ」
「……それは先約というか、渡す所があるんで無理です」
いくら陽の人に逆らいづらいとは言っても、流石にこればっかりは。
「孤児院の子供たちに贈るんです。不定期でやってる町内会の催しで、この町で商売してる家は参加してる所も結構あるんですけど……まあ平たく言えば慈善活動の一環ですね」
「なんかマジでスイマセン。本当すいませんっした」
「あ、いや」
思ったより殊勝な感じでシュンとしてしまうので、僕の方が慌ててしまう。しかし美人は凹んでも綺麗だからズルいな。
「もし良かったら、別で何か作りましょうか?」
「え? マジで? 良いの?」
「まあメチャクチャ難易度高いのとかは困りますけど」
「うおお。マジか。ありがとう。あ、お金払うよ。相場だとどれくらいなん?」
「え?」
正直、彼女からそんな提案が出てくるとは露とも思わなかった。
「あ、その顔。アンタ、アタシがたかると思ってたっしょ? アタシだってバイトとは言え働いてんだから、そういうのキチンとしないとダメなのは分かってんよ。最初から買う気だったから」
「す、すいません。意外だったもので」
チラチラ言ってふざけてた時から、そういうつもりだったのか。結構、いやだいぶ、見直した。陰キャの写真を集めてる変態かと疑ってたし。
ただ、クラスメートからお金取るのも気が引けるな。うーん。
「じゃあ、まあ、今度何かあった時、力になってもらう、みたいな」
「貸し一つってヤツかな」
「そうですね、そんな感じで」
「オッケー。借金の連帯保証人になって! 系のマジで困るのはナシね」
「ははは。町工場ってドラマとかだと負債抱えて倒産して社長が首くくりがちですもんね!!」
「楽しそうに言う事じゃないよ? 絶対。本当おもろいね、アンタ」
と、そこで溝口さんは何かに気付いた顔をする。
「ってそうだ! 忘れてたけどさ、昨日のお礼にメシ奢ろうとして、沓澤クン弁当持って来てたから有耶無耶になってたんだ。それの借りも返さんと」
「あー。アレは一緒にご飯食べてくれたのがお礼みたいなモンだと思ってました」
「それアタシら感じ悪すぎでしょ」
確かに言われてみれば。アタシらカーストトップの女子が三人でアンタみたいなクソ陰キャと飯食ってやってるんだからよ、みたいな。
「私立キャバクラ学園」
彼女たちなら儲かるのでは。
「あん?」
「何でもないです。まあこっちは仕事なのでアレですけど、昨日のは本当にただチェーン嵌めただけなんで、そんな気にしなくても」
「イヤ。あん時マジで助かったのは事実だから。それにさっきも言ったけど、自分の技術を安売りしない方が良いよ。マジで。アタシの仕事でもたまに居るからね。写真撮ってるだけ、撮られてるだけなんだから誰でも出来るしタダで良いじゃん、て本気で考えてるヤツとか」
「ああ、それは酷いですね。メイクだけでも技術の習得にかなり時間かかるし、手間をかけないで綺麗になるとかないのに」
「でしょ、でしょ、でしょ!? マジか、分かってくれるとは!」
「まあ僕も塗装とかやるんで。人形とかフィギュアも作るし」
「フィギュア……」
「どうしたんですか?」
「あ、いや。うん、そうだよね。信長も人形だし」
「ああ、あれも顔塗りましたからね」
何にせよ、そうまで言ってくれるなら甘えてしまおう。
「じゃあ今度、ご飯を奢って下さい」
「オッケー。じゃあ明日ね。あ、明日土曜日か。マズったな。沓澤クン、明日なんか予定ある?」
「いえ。孤児院に入れるヤツも今日中に終わると思うんで、明日は」
「じゃあ、明日昼の11時にイワンモールの西口に待ち合わせで」
「え?」
まだ言い終わってないうちに、決められてしまう。
「よし決まり! んじゃ今日は帰るわ。盗撮してゴメンね。あ、あとジュースあり」
そう言うが早いか、さっさと工場を出て自転車に乗り、こちらに手を振って瞬く間に帰ってしまった。ホント嵐のような人だ。
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