10:二人は今日を振り返る
「何か今日は凄まじい一日だったなあ」
お風呂に入りながら、僕は今日という日を振り返っていた。昨日ひょんなことから手助けした溝口さん、彼女のSNSが原因で朝の学校は騒然として、僕も今年一番で目立ってしまった。その後は彼女の友達も含めて昼食。久しぶりに学校で誰かと食事したなあ。
ただ溝口さんの事を狙っているキノコからは反感を買ってしまって、面倒ごとに巻き込まれたくないから、これ以上はなるべく関わらないようにしようと決めて……決めた矢先に何故か溝口さんがウチに忍び込んできて僕を盗撮した。改めて振り返ると何か凄いけど、実際に起こった事なんだから仕方ない。
「もっと素っ気なく対応すれば」
彼女の方に多分に負い目があるので、もう金輪際、僕には関わらないで下さいとも言えたと思う。極端な話。だけど僕はそうしなかった。気が小さくて言えなかったんじゃない。単純に僕は嬉しかったんだと思う。クラス一番の美人に褒められたから、とか、そういう肩書じゃなくて、僕の彫った物をあんなにキラキラした瞳で見つめて、子供みたいにはしゃいでくれた事が。
子供の頃にフィギュアを作ってあげた子が、ちょうどあんな目をしていたのを思い出す。あの顔が、あの喜びが、僕の原点だ。モノを作る事それ自体も楽しいけど、それだけじゃつまらない。誰かとその物を通じて喜びを分かち合えたら、もっと楽しい。それを教えられたあの目に、溝口さんはそっくりだったんだ。
「フィギュアかあ。久しぶりに作ってみるかな」
フィギュア用の粘土にスパチュラなんかもどっか仕舞いこんでるな。アルミ線は工場にあったかな。いや100均でもあるし、買うか。塗装は……なに使うのが良いんだったかな。あとで色々調べてみよう。あ、いや先に溝口さんのリクエストの物を作んなきゃな。まだ決まってないらしいけど。
「康生~! お母さん9時からサスペンス見るから早く出てちょうだい!」
母さんの大声が聞こえてくる。あー、もうそんな時間か。長湯しすぎた。しかし母親という生き物は、どうしてあんなにサスペンスが好きなんだろう。毎日毎日、殺人事件ばっか見てて気が滅入らんもんかね。
<星架サイド>
うがああ。やってしまった。つい勢いで誘ってもうたけど、アタシは自慢じゃないが男子とサシで遊びに行くのなんて生まれて初めてだ。思い出したらメッチャ恥ずい。いや……それより先に盗撮バレとかいう、もっと恥じる箇所あったわ。
アタシはついついスマホを弄って、またあの写真を見る。やっぱ綺麗。夕日と汗、瞬きすら忘れたような瞳と、煌めく銀閃。沓澤クンはアタシがこの写真をツイスタに上げないか心配してたけど、釘刺されるまでもなく、多分、いや絶対に上げないかな、コレは。アタシだけが知ってれば良いって思う。
人里離れた山の中で黙々と名刀を打つ鍛冶師のような、大袈裟ではなく、そんな神秘性すら感じる。うん、自分の部屋で飾っててもしゃーない。認めよう。
「見入った。吸い込まれるかと思った。しかもそれが孤児院の子供たちの為とか、マジなんなん。萌え殺す気なん?」
五月なのに夏かよってくらいクソ暑かったのに、鳥肌立ったからね。
「やっぱあった。あの人だけの世界」
そこに迷い込んだ。吸い寄せられた。
「……」
写真ですらまだ見入る。頭にタオルかっけえ。Tシャツの下、意外だけど結構、いやかなり筋肉質? そっか。資材も製品もデカいし重いもんね。家の手伝い、沓澤クンの趣味も兼ねてるんだろうけど、それでもガッツリ手伝ってんだね。
「差に凹むなあ」
アタシなんて殆ど家事すら手伝ってない。両親には子供の頃、散々迷惑かけたのに。あーマジでダメダメだ。バイトして小遣い自分で稼いでるから、それで良いやって。沓澤クンなんて実家の手伝いに加えて、無償で子供たちの為に頑張ってるのに。
アタシは自分の部屋を出て、台所に向かう。
「ママ、たまにはアタシ洗い物しよっか?」
「ええ? 何いきなり。もう終わってるよ。9時からサスペンスあるんだから」
「……」
明日は食べ終わったらすぐ言おう。
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