201:ギャルに嘘をついた

 コテージに入っていく3人の背中を見送りながら、そっと立ち止まる。すると僕がついてきてないことに気付いた星架さんが振り返った。不思議そうな顔をしてる。


「康生?」


「ちょっと、母さんに電話しておきます。無事に着いたら連絡ちょうだいって言われてたの忘れてて」


 たはは、と笑う。これから怒られますといった感じの演技だ。


「ああ、なるほど。意外と心配性だもんね、明菜さん」


 うちの母親の性格もすっかり知られてる。まあやりやすいから良いけど。


 僕は曖昧に笑って、来た道を引き返す。星架さんたちも特に不審には思わなかったようで、「んじゃ、先に戻ってるわ」と再び背を向けた。


 そのまま僕は坂を下り、さっき立ち寄った掴み捕り体験コーナーの小屋を訪ねた。管理の人に、釣り堀の中にいる知り合いに用事があると告げると、


「うん。入っていいよ。一緒に釣りしたくなった時は、竿のレンタルもやってるからね」


 そんな緩い感じで構内に入れてもらえた。

 釣り堀は打ちっぱなしのコンクリートで作られた、非常に人工的な外観をしていた。初めて入ったけど、もっと趣がある物かと思ってた。海釣りだとまた違うのかも知れないけど。


 誠秀さんはすぐに見つかった。というより、利用客自体、彼を除くと4人くらいしか居なかったので、見つけるも何もないレベルだった。こちら側の対岸に腰掛けて釣り糸を垂らしていたので、向こうもすぐに僕を見つけた。僕はタタタと小走りで対岸へ渡る。


「どうかしたのかい?」


「あー、えっと」


 実は衝動的に追いかけて来ただけで、何と話を切り出そうか考えていたワケじゃなかった。という事にいま気付いた。ノープランもいいところだ。星架さんに似てきた気がする。


「……」


「……」


 どうしよう、と思考を巡らせていると、誠秀さんは軽く鼻から息を漏らし、


「座るかい?」


 と、近くを指した。釣り堀の端っこ、安物のパイプ椅子が幾つか折り畳まれた状態で壁に立て掛けてあった。『ご自由にお使いください』と貼り紙がしてある。僕は「はい」と頷いて、そちらに駆け寄り、一つを持ってきた。そして誠秀さんの隣に置いて、そこに腰掛けた。


「……」


「……釣り、お好きなんですか?」


「そうだね。最初は付き合いで始めたものだが、存外性に合っていたらしい」


 端正な顔に笑みが浮かぶと、年輪を窺わせる深い皺が目尻に寄った。若く見られたがるタイプというのは以前聞いていたから、もちろん口に出す野暮はしなかったけど。


「キミは……モノづくりなんだってな」


「あ、はい。趣味と実益と……最終的には生業になると思います」


「すごいな。私がキミくらいの年の頃は、将来のことなんてロクに考えてなかった」


「たまたまですよ。実家がアレで子供の頃から触れてきて、楽しかったから。そんな単純なことです」


 謙遜でも何でもない。実際、僕が違う家に産まれていたら……どうなってたんだろうな。モノづくりとは違う道に進んでいたかも知れない。


「いや、それも含めて才能ということだろう」


 誠秀さんは薄く笑って、


「……星架のことも安心して任せられそうだ」


 そんなことを言う。その貼りつけたような笑みに、心の防壁のようなものを感じた。

 少しだけ息を吸う。ゆるく吐き出して……その壁の向こうへ踏み込む。


「…………もしかして。30日、来ないつもり、とかないですよね?」


 実際これが聞きたくて、わざわざ猿芝居まで打って抜けて来たのだった。

 誠秀さんは……あまり表情を変えなかった。僕がここに来た時点で半ば予想していた質問だったのかも知れない。

 僅かな沈黙。釣り堀の中で魚が一匹、パシャっと跳ねた。


「……どうしてそう思った?」


「何となく、ですかね。さっき約束の話をしてる時、手の届かない値段のアクセサリーを見る星架さんと同じ目をされてましたから」


 その答えを聞いて、誠秀さんは顎を上げて「ははは」と笑った。思ったより大きな笑い声で、他の釣り人たちが驚いてこっちを見た。


「参ったね……娘と似ていると言われるのは普通は嬉しいものなんだろうが……」


 そうは言うけど、口元が緩んでるのを見るに、ちゃんと喜びもあるんだろう。


 そして誠秀さんは、垂らしていた釣糸を巻き取り、竿を上げた。ここからは片手間にする話ではない、ということか。

 ふう、と小さく息をついた彼は、僕を流し目に見る。


「娘と同い年の子に打ち明けるのは勇気がいるんだが」


 そんな前置きに身構える。立場も年齢もかけ離れた子供に、内心を吐露するというのは、こっちは想像することしか出来ないけど、確かに色んなプライドが邪魔をしそうだ。

 

 だけど、それらを取り払って、今から胸襟きょうきんを開いてくれるつもりなんだ。僕はグッと膝の上で拳を握り、誠心誠意、拝聴する姿勢に入った。

 そんな僕を見て、誠秀さんは少し安心したような笑みを浮かべる。


 そして、おもむろに口を開いた。

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