200:ギャルがはしゃぎ回った
果たして誠秀さんは……少しだけ中空を見て、やがて視線を星架さんに戻して。そして最後に小さく呟いた。
「そう、だな」
繋いだままの星架さんの手に力がこもる。少しだけ指が痛い。
「……なんとか調整してみよう」
途端にパアッと彼女の顔が輝いた。
「ほ、ほんと!?」
前のめりになるもんだから、僕まで軽く引っ張られる。
「……ああ。善処する」
星架さんは無邪気に喜んでるけど、僕はその善処というワードのニュアンスが気にかかる。それに彼の表情も少し硬い気がするんだ。
「約束だよ? 絶対空けてよ! てかそもそも記念日に……まあそれは良いや」
星架さん、本当は文句を言いたかったんだろうけど、踏みとどまっていた。自分たちの為に働いてくれてるからとか、せっかく前向きになってくれてるのに水を差したくないとか。そういう事を思ってメンタルコントロールしたんだろうな。
「ママも超喜ぶよ! やった。やったよ、康生!」
繋いでいた手をほどかれ、代わりにハイタッチを要求される。僕はそれに応じながら、誠秀さんの顔を注意深く見守っていた。どこか寂しそうな、何かを諦めたような。きっと星架さんでは気付かない気がする。同じ男同士だから、だろうか。
「じゃあ、私は釣り堀の方で少し遊んでこようかな」
少しだけ軽い調子で誠秀さんは、竿を振るような手ぶりをした。さっきの渓流でも捗々しくなかったし、不完全燃焼なんだろうな。
「うん! 気を付けてね。って言っても釣り堀なら大丈夫か」
自分で言って自分で笑う星架さん。テンションが高い。
誠秀さんはコテージの脇に置きっぱなしだった釣り道具を肩に掛けて、僕たちに手を振り、坂を下っていった。
「良かった。てかこんなにすんなりオッケーが貰えるとは。やっぱりパパもそろそろ戻って来てくれる気だったのかな?」
「……そうかも知れませんね」
「康生?」
「あ、いえ。絶対そうですよ。良かったですね。更に良い方向へ向かってますよね」
「うん! この難関を乗り越えられたんなら、もうすぐだよ、きっと」
「……」
「……」
星架さんが物欲しそうな上目遣い。僕はその頭を軽く撫でて、そのまま彼女の顎に手を当て、少しだけ位置を調整。そしてそのまま唇を重ねた。ちゅ、ちゅ、と小さな水音。よく頑張ったと労う気持ちを込めて、なおもキスを続ける。緊張からの解放、歓喜の共有。星架さんの求めは中々終わらず……
「バカ、押すなって。重いんだよ」
「だって、見えないよ~」
ん? んん? 今、この場に聞こえてはいけない声が聞こえたような。目を開ける。星架さんも異変を感じ取ったようで、瞳孔が開いている。名残を惜しむように最後に僕の上唇を軽く吸って、彼女は顔を離した。
そして、二人同時にコテージの方を振り向く。
広葉樹の太い幹の端から、丸い体と、ピンクの髪先が見えた。
「あ」
重井さんと目が合った。次いで洞口さんとも。
「な、あ、アンタら……」
ワナワナと震える星架さん。これは噴火前だ。案の定、
「こらー!!」
すぐにそのまま爆発した。
ダッシュで詰め寄る星架さん。背中を向けて逃げる洞口さん。そしてそれを追いかけようとして、ノタノタする重井さん。
僕は意外と冷静だった。何というか、いつかは見られるだろうなって覚悟してたところがある。
けどまあ、それはそれとして。覗きは良くないよね、とは思うから。僕はそっと移動を開始する。
コテージを一周して逃げてくるだろう洞口さんを先回りすべく、逆廻りで歩いていく。と、すぐに星架さんから逃げてきた彼女を見つけた。
後ろをチラチラ振り返りながら走ってたけど、さっと立ちはだかると、僕の気配に気付いたのか、前を向き直り、
「うおああ!?」
と大声を出した。そして、木の根っこか下草にでも足を取られたのか、少しつんのめった。
「っと! 危ない」
咄嗟に抱きとめる。星架さんより明らかに大きなお胸が、僕のみぞおちの下辺りにフニョンと当たった。そのまま両肩を手で支え、転倒を防ぐ。
「大丈夫ですか?」
「う、うん。あんがと」
あんがと、の言い方が星架さんに似てて少し可愛い。やっぱり親友同士だね。
「こらー!! エロ康生ー!!」
ヘイトが僕に全移りしてる!?
走ってきた星架さんが、洞口さんと僕を引き剥がす。そしてそのまま、頭突きを胸に食らった。これ地味に痛いんだよね。
「やめ、やめてください」
「ダメ」
とは言いつつ、語尾が笑ってる。流石に今のは緊急対応だったとは理解してくれてるみたいだ。
きっと嬉しくてはしゃいでるだけ。二人の覗きも含めて本気で怒ってるワケじゃない。
その証拠に、僕がそっと抱き締めると、彼女も大人しくなって、ゴロゴロと胸に甘えてくる。
「良かったですね、本当に」
「うん」
それだけ期するものがあって、そして芳しい成果を得られた。甘えたり、走り回ったり。本当に子供に戻ってしまったみたい。なんて健気なんだろう。
顔を上げると、洞口さんと、ようやく追い付いてきた重井さん、二人も優しく笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます