86:ギャルの居場所になってた
「待ってて、スターブリッジ号取ってくるから。一緒に帰ろ」
そう言って星架さんは小走りで駅近くの市営駐輪場へ。程なくして銀の車体を引き連れて戻ってきた。僕も牛丼屋の傍に止めていた自転車を押して、合流。人通りの邪魔にならないように駅の周辺は乗って抜けて、人が少なくなった辺りで、押して歩き始めた。
「ごめんね、いきなり。パパと対面とかビックリしたっしょ?」
「はい。ていうか正直、お父さんだと思わなかったです。おいくつなんですか? メチャクチャ若く見えましたけど」
「46だよ」
「うわ、すごい。完全に30代だと思いました」
年上の彼氏と勘違いして、視界がグニャってなりかけたし。
「それパパに言っとくよ。多分すげえ喜ぶわ」
男性でも外見に気を遣ってる人は若く見られると嬉しいモノなのか。或いは僕も年取ると分かる心理なのかな。
「……」
「……」
少し会話が途切れた。ジーッという地虫の鳴き声が途端にうるさく感じられる。やっぱ東側は寂れてるよな。虫も多い。
「ね」
「はい?」
「もしかして……迎えに来てくれた?」
「……牛丼食べに来ただけです」
「ウソ。竹屋より染井屋の方が近いっしょ」
確かに駅前のロータリー脇の竹屋より、東側にある同業他社の染井屋の方が家から近い。
「今日は、あの激熱の味噌汁が飲みたい気分だったんです」
「猫舌のクセに?」
「……」
色んなことを話して、積み重ねた時間が仇となる。
「店出た後も、チャリの方に行かずに、何かプラプラし始めてたよね?」
「……」
「康生?」
「……心配になって。今日、ちょっと暗いし」
ついに言わされた。正直に言うとストーカーみたいでイヤだったのに。
「そっか。そっか、そっか」
星架さんは、街灯の明かりに照らされる横顔を見る限り、気持ち悪がってはないみたいだ。むしろ嬉しそうに笑ってる。僕の視線に気付くと、はにかんで、唇を口の中に隠すみたいに軽く嚙み入れた。だけどすぐ顔を上げて。
「ね。もう一回、ほっぺにキスして良い?」
「え!? い、いやいや。昨日のすら消化しきれてないのに!」
顔が一瞬で沸騰する。手に変な汗をかいてる。
「だって嬉しかったし。本当に大事にしてくれるんだ?」
「それは、はい」
「ただの友達なのに?」
「ただの、じゃないです。唯一の、です」
「……ちょっと求めてた答えとは違うけど、まあいいや」
どんな答えが正解だったんだろう。友達以上に想ってます、なんて言う勇気はないよ。まだ答えが出ていない状態で言うべきでもないだろうし。
「今日さ。撮影があったんだ」
「はい。ツイスタ見ました」
「お、たまにチェックしてくれてるんやね」
今日はどうしても気になって。星架さんの家族が少し複雑な状況なのは、キチンとは聞いてないけど端々から察せるし、そんな中で会食とか聞くとさ。
「今日のは……パパのコネで入れてもらった枠だった」
「コネ」
「パパ、超でかい芸能事務所のお偉いさんなんだよ。お偉いさんっていうか、次期社長とか言われてるらしい」
「うわ。すごい」
事務所の名前を教えてくれる。芸能界なんて全く興味のない僕でも知ってるくらいの大手だった。
「小さなファッション雑誌なんか相手にもならないくらい」
「……」
僕は無言で、近くの公園を指さした。おあつらえ向きというか、昨日僕が駆け込んだあの公園だ。謎に縁がある。
星架さんは素直に従って、公園に入る。僕も後から続き、ベンチの脇に自転車を止め、すぐ傍の自販機で紅茶とジュースを買った。
「サンキュ」
財布を出そうとするので、苦笑して手を横に振った。もう一度お礼を言ってからプルトップを開ける星架さん。一口、二口飲んでから、ポツンと言った。
「パパの口利きで入った仕事の時は、いつも居場所がないような気がするんだよね」
「現場で?」
「うん。現場もだけど、なんて言ったら良いんだろう……人生に?」
自分の力で自分の人生を切り拓いてない。そういう事なんだと思う。
一番最初のモールデートの日、モデルの仕事にイマイチ誇りを持ててない様子を感じ取ったけど、裏にこんな事情があったのか。何となく生まれ持ったモノでやってる。あの時は容姿のことしか明かしてくれなかったけど、身内のコネクションも心中では指してたんだ。
「今日はでも、康生の超フツーの服とか思い出して、ノブノブ言ってるとこ想像してたら、なんか終わってた」
「なんですか、それ」
第一ノブノブって。言ってるけど。
「自分でもよく分かんね。けどなんか会いたくなって、そしたら駅まで迎えに来てくれてて、なんか……」
そこまで言って、続きが言語化できないもどかしさからか、ジュースを一気に呷った星架さん。
「ね。明日さ、すっぴんとジャージとかでも良い?」
「え? 良いですよ、もちろん。星架さんが着たい服を着たら」
別に星架さんの中身が変わるワケでもなし。
「……ぷ。あははははは。そっか、そうだよな。あはははは」
何が可笑しいのか、星架さんは夜空を見上げて笑って、
「おら!」
と空になったジュース缶をゴミ箱に向かって投げた。コーンと大きな音がして、
「あはは、だっせえ」
自分で外しといて、また笑っていた。
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